君をひたすら傷つけて
「海がナンパしてきた」

 マンションに帰ってきたお兄ちゃんは遅い時間だとシャワーを浴びて自分の部屋に入ったら、そのまま朝まで出てこないことが多い。それなのに、今日のお兄ちゃんはスーツのまま、リビングのソファに深々と座ると眉間の皺を伸ばすように人差し指を動かしながらボソッと言った。

「ナンパ?篠崎さんが??」

「驚くだろ。俺も流石に聞いた時は一瞬、意識が遠くなりそうだった。何事にも真摯な海が昨日、いや、もう一昨日か、休憩時間で行った喫茶店でナンパしてきたらしい。さっき、メールが届いた。彼女を自分のマンションに連れて帰ってきてる。明日から京都でのロケも待っているのに何を考えているんだか」

 前から加熱し過ぎたファンを抑えるためにも一度くらいは熱愛報道でもあればいいと言ってたのに、さすがの急展開にお兄ちゃんの明晰な頭脳もショートしても可笑しくない。それにしてもあの篠崎さんが既に自分のマンションに彼女を連れて行っているというのに驚いた。

「で、なんて??」

「今日の仕事の時に話すと言っていたけど、あまりも急すぎて、少し焦った」

「よく分からないけど、大変そうね」

「大変というか、どうしようかと思う。とりあえず彼女に会ってみてからだとは思うけど、それにしてもこの時期にとは思わないでもない。あの、冷静な海がと思うと、どんな女性なのかと思う。雅、明日はどうしてる?仕事が終わってから食事にでも行かないか?
 これからのことを相談したい」


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