君をひたすら傷つけて
「篠崎くんが好き?」

「うん。気づいたら好きになってた。でも、偽装結婚だし、好きな分、辛い」

 里桜ちゃんの素直な告白に私は義哉のことを思い出した。私もあの時、気付いたら好きになっていて、溢れる気持ちを抑えられなかった。あの時、出会ったのは運命だと思う。失った今も出会ったことを後悔したことはない。

 ただ、目の前にいる里桜ちゃんを見ながら、義哉に会いたいと思った。

「そっかぁ。でも、篠崎くんと出会ったのも運命だと思う。そんな顔しないで、里桜ちゃんが不安に思う気持ちも分かる。でも、今は無理でも少し落ち着いたら自分の気持ちに素直になってみたら?先は分からないでしょ」

「無理です」

「今は無理でも先はね。さ、今は時間が無いから行きましょ」

「雅さん。ありがとうございました」

「いいのよ。篠崎くんも待っているわよ」

 リビングに行くと既に準備を終わらせた篠崎さんとお兄ちゃんがいた。篠崎さんの着ているスーツは有名デザイナーの物で、リズの紹介で手に入れたものだった。普段はスーツを作らないデザイナーが篠崎さんのためだけに誂えたものは身体にフィットするだけでなく上品さの中に男性的な強さを感じさせる。

 本当はこのスーツを今回の映画が賞を取った時の記者会見に来てもらうつもりで用意したけど、それが結婚会見で使うことになってしまった。篠崎さんの魅力を引き出すアイテムになったのは間違いない。

「用意は出来たか?」

 これから戦場に向かうような鋭さを一瞬で消し、里桜ちゃんに微笑みかけている。多分、私だけでなくお兄ちゃんも篠崎さんの溢れんばかりの愛を感じているのに、里桜ちゃんだけには伝わっていない。

「はい」

「高取、車の準備を頼む」

「わかりました。マンションの裏に車を回します」
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