君をひたすら傷つけて
 お兄ちゃんの視線が私に映り、私がどうするかを考えているようだった。スタイリングが終ったので、帰ってもいいけど、お兄ちゃんが篠崎さんにかかりきりになると思うので、里桜ちゃんのフォローをしてあげたいと思った。慣れない会見場の控室で一人で待つのは嫌だろう。

「私も付いていくわ」

「じゃ、先に一緒に車を取りに行こう」

 お兄ちゃんと一緒にマンションを出るとエレベーターに乗って、地下の駐車場に向かう。その間、お兄ちゃんは静かに話し出した。閉じられた空間の中で少しだけお兄ちゃんは肩の力を緩められたようだった。マンションで聞くようないつものお兄ちゃんの声だった。

「雅がいてくれて助かった。里桜さんは雅がいる方が安心だし、心強いと思う。それに俺も雅がいてくれた方がいい」

「お兄ちゃんの役に立てるならよかった。里桜ちゃんは本当に篠崎さんのことが好きみたいよ」

「それは海も一緒。里桜さんのことを心から大事に思っている。でも、出会いが出会いだけに踏み出せないようだ。出会いは偽装結婚であっても、そう時間が掛からないうちに『偽装』は外れ、普通の恋愛結婚になると思う」

「お兄ちゃんはそれでいいの?」

「ああ。海が幸せになってくれたら、それでいい」

「篠崎さんは幸せね。そんなにお兄ちゃんに思って貰って」

「俺は雅にも幸せになって欲しいと思っているよ」

「私はお兄ちゃんにも幸せになって欲しいと思っているけど」

「今、幸せだよ。本当に」

 そんな話をしていると、駐車場にエレベーターが到着して、フッと緩んでいた表情がマネージャーとしての顔になっていく。

「さ、急ごう。会場で社長が待っている」
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