あなたと恋の始め方①
 研究室の奥に籠ってしまった中垣先輩はしばらく出ては来ないだろう。私も研究に集中しないといけない。先週で成果を少しだけ出したものの、この研究の大詰めが残っている。今はフランス留学も小林さんのことも考えている時間はない。目の前にある研究に集中しないと。そう思い、私は送られてきたデータを見ながら仕事に入ったのだった。


 現実逃避というのはこういうことをいうのかもしれない。


 データの打ち込みをし、それからの考察をしていると、不意にバッグに入れたままにしていたバッグが震えた。いつもはロッカーの中に入れるけど、今日は朝から中垣先輩とフランス留学の話をしていたから、足元に置いたままにしてあった。その携帯の振動で現実に戻ったと言っても過言ではない。


 携帯には電話の着信を知らせる画面が浮かんでおり、一瞬目を見開いてしまったのが、23時という文字が浮かんでいるということ。研究に没頭するあまり、適当な食事をして、定時を過ぎた時に保存食のカロリーブロックを口にした。でも、まさかこんな時間になっているとは思わなかった。



急いで電話に出ると、耳元に聞こえてくるのは小林さんの爽やかな声だった。さっきまで研究以外のことは全く考えられなかったのに、今は全てが小林さんに埋められている気がする。


『美羽ちゃん』


 ただ、名前を呼ばれただけなのにさっきまで研究に没頭しすぎてキリキリしてしまいそうな気持ちがゆるりとなった。


 恋の威力は偉大??


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