あなたと恋の始め方①
 私はキッチンに行くとコーヒーの準備をする。

 
 毎日、ミルク入りのコーヒーを飲む私だけど、不意に思い出したのは中垣先輩で、毎日、眠気覚ましにブラックコーヒーをがぶ飲みする姿が脳裏を霞める。今日の私は少しの刺激が必要だった。一瞬、躊躇したけど、ミルクなしで飲むことにした。


 マグカップには漆黒の液体。そして、湯気が上がっている。小心者の私はブラックコーヒーを口に含み、顔を思いっきり顰めた。私が想像したよりも苦く。目が覚めると言うか、胃の辺りまで苦みが広がっただけで、一向に目が覚める気配はなかった。


「苦い」


 感想はそれ以上でもそれ以下でもないから、苦くて香りを楽しむことさえ出来なかった。


 冷蔵庫からミルクと砂糖を持ってきてマグカップに注ぐと、漆黒の液体はキャラメルブラウンになった。これが私のいつも飲んでいるものだった。口をつけるとフワッとコーヒーのいい香りを感じ、私にとってはこれが『コーヒー』だと思った。


 買い置きのパンすら食べることの出来なかった私はいつものコーヒーを飲んでから部屋を出た。研究所には売店もあるから、何か買えばいい。そんな思いで駅まで急ぎ、電車に乗って、研究所に着いたのは始業時間ギリギリに私は研究室に滑り込むことが出来た。遅刻をすることはなかったけど、私は焦っていた。


 そんな私を中垣先輩は一瞥するとフッと息を吐く。


「ギリギリなんて珍しいな」
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