あなたと恋の始め方①
 また全く違う方向に話が流れる。まさか、そんな風に話を振られるとは思わなかった。


 土曜日にあんなにハッキリとプロポーズされた。思い出すとドキドキしてしまうのは嘘じゃない。きっと、私の心に小林さんが居なかったら、もしかしたら折戸さんの手を取ったかもしれない。客観的に見て私には勿体なさすぎる人で、もしも手を取れば私の幸せは確実のものになるだろう。


 でも、私には小林さんがいる。
 

「折戸さんは皆に優しい人ですから。嫌われてはないと思いますけど」


 研究所職員といっても色々なタイプの人がいる。私のように研究しか知らない人もいれば、研究以外にも熱心な人も。でも、中には恋愛を研究の対象のように分析する人もいるのだから、迂闊なことは言えない。これからどう切り返そうかと思っていたら、不意に助けの声が聞こえた。


「さあ、持ち場に戻りなさい。まだ、仕事中です」



 声の主はこの研究所に一番年長の先輩。こんなにも先輩の声が神の声に聞こえたのは初めてだった。先輩は研究しか知らないタイプで頭の中では研究のことで締められている。たまたま、通りがかって騒ぎを見つけたのだろう。


「すみません」


「今、戻ります」


 彼女の声で一気に女の子たちは自分の研究室に戻っていく。蜘蛛の子を散らすみたいというのはこのことをいうのだろう。さっきまでの人が一気に消えてしまったかのようになり、私を残す数人が残るだけになった。私もこの機会に研究室に戻ろう。ここを逃すとどこかの研究室に連れ込まれそう。


「私も失礼します」


 自分の研究室に戻る私の手には既に冷えてしまった缶コーヒーがそこにはあった。

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