あなたと恋の始め方①
 この騒動で買った缶コーヒーが冷えてしまった。買いなおした方がいいと思うけど缶コーヒー二本分のお金しか持って来なかった私は研究室に戻るしかなかった。でも、あれだけの時間を掛けて缶コーヒーの一本も買えなかった私に中垣先輩は何と思うだろう。


 コーヒーくらいで怒る人ではないけど、溜め息くらいは零されるだろう。



 研究室に戻ると、中垣先輩が私の方をチラッと見つめ、私の手にある缶コーヒーに手を伸ばす。でも、もう冷めてしまっている。だから、伸ばされた手から逃げるように私は缶コーヒーを背中の方に回した。


 冷たくなったコーヒーを渡すわけにはいかない。


 普段は研究室に置いているコーヒーを飲むのだけど、研究が忙しくて、コーヒー豆が切れているのに気付かなかった。それで、私が当座を凌ぐために缶コーヒーを買いに行ったのだけど、ちょうど高見主任と折戸さんの到着と重なってしまって、結果的に冷えてしまった缶コーヒーが私の手に残った。


「温くなったので買いなおしてきます」


 今は自動販売機の辺りも殆ど人は居ないだろうから、今度はすぐに買えるはず。そんな私の言葉に中垣先輩は表情を変えずに私の目の前に手を出す。どうしようかと思って中垣先輩を見上げると中垣先輩はもう一度手を差し出した。『ほら』と言わんばかりに手を差し出す。


「別にそれでいい。飲めればいいから。それにしてもここまで聞こえた。高見主任と折戸さんは相変わらずだな。上役と一緒に来たのか?」


「はい。取締役と一緒に来られました。今は所長室に行っています」

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