溺愛クルーズ~偽フィアンセは英国紳士!?~
洗面台に前のめりに押し倒すと、彼は私の背中のファスナーを歯で噛んで開けて行く。
ジジジー、ジジッとゆっくりジェイドさんの存在を示すかのようにゆっくりと。
肩に触れられたジェイドさんの腕が力強くて、振り払えなかった。
ファスナーの間から――背中が見えているはず。
恥ずかしい。
恥ずかしいのに、ジェイドさんの体温が気持ちいい。
心臓が背中に貼り付けられたような、もどかしい触れるか触れないかの距離で。
視線は私を捉えたまま、鏡越しに彼は私を見ていた。
ファスナーを腰まで下ろすと、静かに彼は状態を起こしてそのまま乱れた前髪を掻きあげた。
「靴のお詫びに、明日の最後の日の服も準備させて欲しい。朝、ソファの上に用意しておくから」
それだけ告げると、一度だけ振り返って私を見た。
「奥の部屋を俺が借りてもいいかな?」
「こ、ここは貴方の部屋ですから」
それだけ告げると、彼は部屋から出て行った。
最後の夜はもう、一緒には眠らないらしい。
いつも、勝手にベットに侵入してきてたくせに、私の気持ちに気付いた瞬間、彼から距離を取られてしまった。
どうしよう。胸が張り裂けそうだ。
こんな、こんなに辛い気持ちになるなら、
誰かを思ってこんなに泣いて、心を凌駕されるくらいなら。
もう二度と誰も好きになりたくない。