君と花を愛でながら
「……」


声が出ない。
苑ちゃんからはさっきの悠くんがいた時のような、棘さえ感じるような無表情は消えていた


手元の花の香りに恍惚として目を閉じる姉の横顔に、そっと伸びていく細い指先。
苑ちゃんの横顔はまるで何かを慈しむように和らいでいる。


その横顔が、誰かのものに重なる錯覚に、私は目を瞬いた。


「綾さん? どうかしましたか」


一瀬さんのその声も、確かに聞こえているのになんだか遠くて、すぐには反応できなかった。
指先が頬に触れて、気づいた姉が顔を上げる。何かを拭うように親指が動いて、すぐに離れていった。


「綾さん?」
「あっ、はい! すみません、なんでもないです」


もう一度尋ねられて慌てて一瀬さんに向けて頭を振った。
そしてすぐに視線を戻すと、苑ちゃんが親指を見せて二人で笑い合っていて、その仕草で多分睫毛か何かを取ってあげていただけだと気づく。


私が惹きこまれたさっきの空気は、綺麗に霧散していた。


「気のせい……?」


横顔が、姉を見る悠くんの横顔と重なった、あの一瞬。
もしかしたら、苑ちゃんが好きなのは悠くんじゃ、なくて。なんて。


勝手な想像だ、だけど……もしそうなら。
苑ちゃんがイキシアの花言葉どおりに内側に秘めて隠した気持ちは、私が思うよりもずっと、苦しい。

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