元教え子は現上司
 瀬崎さん? 

 意外な名前に驚いて、携帯をタップした。

「もしもし」
「久松さんお久しぶりです!」 
 瀬崎の少し高い声が通話口から響いてくる。

「どうしました?」
 転職エージェントは転職させるまでが仕事だ。無事に就職先が決まった顧客にその後電話することなんてない。
 瀬崎もそれを充分に承知しているからか、すみません~、と泣きそうな声を出す。

「あのぉ、紅林学院って、久松さんの以前のお勤め先でしたよね」
「え? はい、そうですけど」
 暁が後ろから碧を覗き込む。邪魔されたせいか、不機嫌そうに口を結んで碧の髪の毛をもてあそぶ。その顔が子どもみたいで、おもわず笑ってしまう。

「僕が新しく担当してる方、そこの社長の親戚らしいんですよ。それで、前担当してた方、紅林に勤めてましたよって、久松さんの話になったんですね」
 受け持っている顧客の情報をペラペラとしゃべってしまう若いエージェントに苦笑した。就職活動が半年も長引いたのは、担当者の所為もあったかもしれない、と思っていると、
「そしたら、その方が久松さんと話したいって、今隣にいるんですけど」

 え? と眉間にシワを寄せる。話したい? 私と?
 待って、瀬崎さんなんて言った、今。

 社長の親戚?
 
 携帯を手に持ったまま暁を振り返ると、通話が漏れ聞こえていたのか、訝るように眉間にシワを寄せて碧を見ていた。暁を見たまま、
「瀬崎さん、どういうことですか」
 通話口の向こうから、わずかに雑音が聞こえた。瀬崎さん? と呼びかけると、
「あの……久松碧さんでしょうか」
 女性の声が聞こえた。

「私、小川の妻の薫と申します」
「――――!」
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