エリート室長の甘い素顔
 すると大谷が眉根を寄せ渋い顔になって言う。

「なんか旧姓にこだわりとかあんのか?」

「は? いえ、そういうわけじゃ……」

「んじゃ、大谷にしとけよ」

 割と強めにそう言い寄られて、悠里はますます目を丸くした。

(それ、むしろ大谷さんのこだわり部分……?)

 早く入籍を済ませたがったこと以外に、こんな風にああしろこうしろと言われたことがなかったので、悠里は素直に引き下がった。

「わかりました。じゃあ、そうします」


 満足そうな顔をした大谷と、首を傾げる悠里を交互に見て、河野と桑名はうんうんと二人でうなずき合う。

「いや~……感慨深いね、桑名くん」

「ほんとっす。なんか色々と報われた気がします」

 そんな二人を、大谷は嫌そうな顔をして振り返った。

「お前らに迷惑かけた覚えはねぇんだけどなぁ」

 河野と桑名は揃って笑う。

「勝手に心配してただけっすから」

「ホント、良かった良かった」

 先にエレベーターから降りる二人を見送り、大谷は軽く手を上げた。

 悠里も会釈をして、ドアが閉まり二人きりになる。


「おせっかいな野郎どもだ」

 大谷が半分呆れたように、そして半分は親しみを込めてそう呟く。

 悠里もふふっと笑った。

「さすがにコンビニのおそばで年越しなんて、心配にもなりますよ」

 以前、同じようにエレベーターの中でした会話を思い出して言う。
 すると、大谷はニヤッと笑った。

「これからは、お前が面倒みろよ」


 悠里はそれでまた、以前言われた言葉を思い出した。

 ――『お前に面倒みてもらおうとは思ってねぇよ』


 牽制されたのだと思い、あの言葉に傷ついて悠里は見合いに行こうと考えたのだ。

 でもその見合いがきっかけで『腹をくくった』と大谷は言った。


(結果オーライ……かな?)

 悠里は苦笑を浮かべて、大谷を見つめ返す。


「仕方ないから、死ぬまで面倒みてあげます」


 あの時傷ついたお返しとばかりに思い切り上からそう言うと、大谷は一瞬目を見開き、豪快に笑った。

 そしてこちらも仕返しとばかりに、強引なキスをしてくる。


 エレベータの扉が開き14階に着いた悠里が、またいつかのように真っ赤な顔を鎮めるため、お手洗いに駆け込んだのは言うまでもない。

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