エリート室長の甘い素顔
 安藤が手を上げて、再びウェイターを呼ぶ。

 動作がいちいちスマートに決まるのは、一体何が違うのだろう?

 筋肉? それとも姿勢かその両方か――

 また考え始めたせいで、無意識に顔をしかめていた。

 それを機嫌が悪いと受け取ったのか、注文を終えてこちらに向き直った安藤は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「悠里さんは、あまり結婚に前向きではないとうかがっています」


(は?)

 悠里は驚きのあまり目を見開いた。
 呆れて口も塞がらない。

 普通、見合い相手にそんな情報伝えるだろうか――?


(雪枝おばさま……)

 眉間のシワを揉みながら肩を落とすと、悠里はため息混じりに答えた。

「違うんです。人並みに結婚する気はあります。ただ……」

「ただ?」

 興味深げに悠里の目を覗き込む安藤に、悠里はようやく笑みを浮かべてみせた。
 だがそれは、完全な苦笑いだ。


「好きな人がいます。もう何年も……片思いなんですけど」


 軽く目を見張り、真顔に戻った安藤は前傾していた上半身を起こした。

「……では、なぜ今日ここへ?」

 もっともな質問である。
 その点については謝るしかない。

「本当にごめんなさい。大叔母が、見合いの話はこれで最後にしてくれると言うので……」

 すると安藤は意外なことに、くすっと笑みを漏らした。

「顔を見て、少し話だけして断わろうと思った?」

 そう聞かれて悠里が素直にうなずくと、安藤はおかしそうに笑った。

「正直な人ですね。でも、話に聞いていた通りだ」


 どんな話が伝わっているのか、知りたいような知りたくないような――

 悠里が気まずさに肩を竦めると、ちょうどさきほど頼んだコーヒーが二つ、運ばれてきた。

 安藤はブラックのままそれを口にすると、カップを置くのと同時に顔を上げた。

「その……好きな人の話を聞いてもいいかな?」


(は? なんで?)

 悠里は再び目を見開くと、口調が柔らかくなった安藤の、何を考えているのかいまいち読めない笑みを見つめながら、首を傾げた。


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