エリート室長の甘い素顔
   ***

 その週の前半は日常に現実感がなかった。
 大谷の姿が視界に入ると、常に脳内と足下がふわふわして、ここではないどこかを漂っているみたいだった。


 木曜と金曜は、悠里が出張で大谷には会えなかった。

 エリックについて香港での会議。一泊二日で戻ってくるというよくある強行スケジュールだ。

 心がようやく平穏を取り戻してホッと一息吐くのと同時に、喪失感に近い寂しさを感じる。


 出張から帰って、ようやく土曜日を迎える。悠里は安藤との待ち合わせ場所に向かった。

 悠里の家から一番近い地下鉄の出口前――


 約束の時間より15分も前だが、すでにそこで待つ安藤の姿が見える。

 会うのは二週間ぶりだが、変わらずスマートだ。

 シンプルな白シャツにカジュアルな細身のパンツ。上にキレイめなコートを羽織って、足下には磨かれた革靴。

(そのままファッション雑誌に載っててもおかしくない)

 安藤は顔面に派手さがないからパッと見はそうでもないのだが、スタイルが良いし所作が美しいので、目の前で動いているところを見るとすごく素敵だ。


(こんな素敵な人に、無駄な時間を使わせてしまった――)

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 悠里は今日、安藤との付き合いを終わらせるつもりでここに来た。

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