蕾の妖精たち
 理性が働いたのなら、そこで相川幸乃を拒絶することも出来たのだろう。

 しかし、蒸し暑い夏の夜に押し当てられた、若く、しなやかな肉体に、翠川の理性はむしろ働いたのだ。

 闇のなかで放たれた二人の視線は、同じ事件の映像を、それぞれの瞳の中で見つめていた。

 翠川の方から幸乃に覆い被さると、お互いの唇を求め、もう後戻りが出来なくなった。

 二人の息遣いが青いシートに幾重にも皺をつくり、包む。


 何度も何度も繰り返される事件の映像に、四年もの歳月を経た思いが、鼓動をする度に募った。



 ◇



「君もそう思っていたのかい?」


 ことを成就させた翠川がそう尋ねると、ガクガクと震えながら、幸乃は黙って頷いた。


「しかし……、やはり、誰かに付け狙われているなんて、口実だったんだね」


「先生。でも、こうでもしないと、教師という肩書きに縛られて、私の事を見る度に、先生は酷く悩んでおられたでしょう」


「僕の心を、見透かしたような口を利くね」


「私はあの事件で、身も心も壊れてしまったの。私は汚された存在として、両親からも、学校でも侮蔑された」


「何だって? 警察は配慮してくれなかったのか」


「私が何をしたっていうの。みんな、あの男が悪いのに……」


「……」


「だから、そんな私を救えるのは先生だけ。もう先生しか私にはいないの」


 かすれた声で、幸乃がそう訴えた時である。

 突然、二人は懐中電灯の光を浴びた。

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