続 音の生まれる場所(下)
ヤマトナデシコ
「…っくしゅん!」

寝起きからクシャミの連続。でも、これ花粉症じゃない。

「38度2分…風邪ね…」

体温計を取り出し母が言う。

「今日は一日寝てなさい。幸いゴールデンウィークで、病院はどこも閉まってるから」

お気の毒さまって感じ…あんまりだ…。

「すびばせん…さがぼどさん……」

またもや鼻づまり。4月からこっち、私はトコトンついてない…。

「お大事に。仕事休みで良かったね」

五連休。これを幸いと言っていいものかどうか…。

「練習は休むってリュウに言っとく。早く治してまた会おう」
「…はい…」

ぐすん…。今日こそは一緒に音が重ねられると思ってたのに…。


見送りもできなくて、ベッドで寝込んだままの別れ。

(身体ダルい…)

昨夜、お風呂上がりに窓を開けて寝たのがいけなかった。湯上がりはそんなでもなかったのに、夜明けにぐっと冷え込んでこの有り様。

(そう言えば今日だな…レオンさんがドイツへ帰るの…)

彼が見送りに行くと言っていた。風邪なんか引かなければ自分も一緒に行けたのに。

(ユリアさん…寂しいだろうな…)

短期留学の期間は三ヶ月。青葉の寮に入る話も出てたけど、結局、水野先生が自分の家で預かると言ったそうだ。



「僕が工房で修行始めた頃、ユリアの家でお世話になったからだよ」

彼はそんなふうに話してたけど…。


(複雑…工房と先生の自宅…隣同士だもん…)

帰国後も変わらず坂本さんは先生の工房に寝泊まりしてる。さすがに以前のようなバイトはしてないらしいけど、忙しさは変わらないみたいで、なかなか実家へは帰らない。そうなると工房で過ごす時間が多くて、それはつまり、ユリアさんがいつでも顔を出せる状況にあると言うことで…。

(…やめよ…具合悪いとロクでもない事ばかり考える…)


『……全く(好きにならなかった)…と言えばウソになるかな…』

そんな言葉を聞いたからだろうか、自信がなくなる…。
工房で寄り添ってた二人の姿を見てる分、余計でも不安が募る。

(サイテー私…坂本さんを信じてないみたい……)

ドイツでの暮らしぶりを聞いたことも原因の一つ。平気そうに父に話しかけに行った、彼の姿を思い出した。

(あんなに…誰とでも話せる人だとは思わなかった…)

もっとシャイで人見知りする人なのかと思ってた。でも、そうじゃなかったみたい…。

(楽器作りに対する情熱だけは人一倍なんだって知ってるけど…)

まだまだ知らないことが多いんだろうな…と思いながら微睡む午後。
目覚めると、そこには褐色の瞳があったーーー。
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