続 音の生まれる場所(下)
上を向いて歩こう
それは、朔との思い出が沢山詰まった曲だった。
4年前、悲しい思い出にピリオドをつける為に吹き納めた曲。
以前、この場所でフルートを吹こうとした時、坂本さんからリクエストされたことがある。あの時、私はもう二度とこの曲を吹かないと心に決めてた。だから代わりに、『星に願いを』を吹いたんだーーー。

(なのに何故、今この曲を…)

単なる思いつきとは思えなかった。ハルシンがいつものように彼に教えたのかと思ったけど、そうじゃない。
この曲を朔の家で吹いた時、彼らには私の思いが伝わった筈だから。

朔とサヨナラして、歩き出すんだ…ってーーー。


黙ったまま彼の音に耳を傾ける。音の中に込められたメッセージ。彼はこんなことを語ってくれた…。


ーーー大切な人が生きてたら、君は泣かずに済んだかもしれない。
悲しみも辛さも味わうことなく、今頃は幸せになってたかもしれない。
でも…命のバトンは引き継がれて、僕の手に渡ってきた。
零れ落ちる涙を、受け止める役目を果たせない時もあったけど…これからは君の側にいて、いつでもその役目を担うから。
だから上を向いて歩こう。始まったばかりの未来を見つめながら、お互い、笑い合って生きていこう。
大好きな君が流す涙は、いつでも幸せの涙であって欲しいーーー


彼の語りは、心に深く刻まれてる思い出を掘り起こさせた。
懐かしい中学時代の思い出も、甘酸っぱくて幸せだった時も、そして、ツラくて苦しくて悲しみの淵にいた時のこともーーー。

ゆらり…と視界が歪む。目の中に溢れてくる涙が、イヤでも目の前を覆ってく。
泣かないように、涙をこぼさないように、上を向いて歩こう…って言ってるのに…。

「うっ…くっ…」

声を上げて泣きたくなるのを我慢する。これは泣いちゃいけない曲。でも、どうしても涙がこぼれる…。

曲の途中で音が鳴り止む。坂本さんが側に来て、指で涙を拭った。

「ごめん…泣かすつもりはなかったんだけど…」

無言で頭を横に振った。坂本さんのせいじゃない。自分が勝手に泣いただけ…。

「この曲のこと…真由子のお父さんから聞いたんだ…高校生の頃、よく家で吹いてた…って…」

父の誕生日、二人きりでしんみり話し込んでた。あの時、父が話したそうだ。

「いつも楽しそうに吹いてて、あの曲を聞いてると、真由子に元気を分けてもらえる様な気がしてたって。だから僕も、君に元気をあげようと思って…」

花粉症や風邪のせいで、しばらくフルートも吹けてない私を励まそうと思ったらしい。

「でも、この曲は吹いちゃいけなかったね。…亡くなった人との大切な曲だから…」

泣く時はいつも必ず朔が絡んでる。坂本さんは、きっとそんなふうに感じてた。

「…違うんです…。確かに思い出の詰まった曲だけど、そのせいで泣いたんじゃないんです…」

涙を拭いて小さく深呼吸した。彼の顔を見つめる。大好きな人。これからもずっと一緒にいたい人……。
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