続 音の生まれる場所(下)
「…私…坂本さんの役に立ちたい…。でも、何もできないから…」

出会った時から、いつも自分ばかりがしてもらった。
ドイツと日本…離れていた時も、待っててくれた…それだけでいいと彼は言ったけど…。

(私はユリアさんやお母さんのように、楽器を作る貴方の役に立ちたい。お飾りだけの彼女でいるなんて、もうヤダ……)

「お願い…私に楽器作りを手伝わせて…。最初はムリでも、絶対できるようになるから…」

ユリアさんのようになるまでには、きっと沢山時間がかかると思うけど、彼のことを助けたい…。
彼の側で、生きていきたいーーー。

「真由子…」

驚いたように私を見てる。その顔が少し曇った……。


「…悪いけど…僕は君に楽器作りを手伝ってもらいたいとは思ってないよ…」

厳しい言い方に、返す言葉が…見つからない……。

坂本さんは立ち上がって側を離れた。置いてあったトランペットを手にして、愛しそうにボディを撫でる。

「僕は…この楽器一つを作り上げるのに三年近くかかった…。楽器を作るって言うのは、君が思うほど容易いことじゃない。手伝いたいという気持ちは有難いけど…やっぱり迷惑…」

(迷惑……) 

頭の中で繰り返した。私が彼に望むことは迷惑……?

「僕は君が、いつも笑っていてくれればいいと思ってる。時には泣くのもいいけど、できるだけ明るくいて欲しい。本来の君のままでいてくれれば、それが一番有難い」
「……本来の私…?」
「うん。強気で意地を張ってばかりの可愛い君」

戻って来る。そして、手を取った。

「僕が好きなのはそんな君。だから無理をしてまで楽器作りに携わらなくてもいいんだ。これは僕の仕事であって、君がするべき事じゃない」

分かる?と顔を覗き込む。…分かるけど……そんなの…分かりたくない……。

ぎゅっと手を握りしめた。彼に対する怒りみたいなものが胸に込み上げる。
迷惑だと言われたのも、スゴくショックだった…。

「ムリをしてるなんて…どうしてそう思うの⁉︎ 私はただ…(貴方の側にいたいだけなのに…)」

きゅっと唇を噛み締める。ボロボロ…と涙が込み上げてくる。呑み込んだ言葉は彼には伝わらない。
拒否された事がショック過ぎて、話す気力が無くなったし、無言で泣き続ける私を彼も持て余してたから…。


ーーー結局、会話にもならなくてなって、気分が優れないと言って家に送ってもらった。

帰りの車中で流れるカーステレオの曲が妙に浮ついてる。正反対な心の中では、不協和音のように鳴り響いていた……。

…ねぇ、坂本さん…
私達、お互いの何を見て、何を知ってるのか、まだきっと、分かってないだけだよね……。

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