らぶ・すいっち





「私が料理教室を休み、英子先生が受け持った日があったでしょう」
「あ……お見合いの日ですか?」


 そうだった。問題はひとつだけ解決されてはいなかった。
 ギュッとシーツを握りしめると、順平先生は私の手を包み込むように触れた。


「それはね、須藤さん。土曜メンバーの皆さんの策略ですから。信じないように」
「え?」
「あの日、ただ私は料理本の撮影のために、どうしても料理教室を休まなければならなかったんです。ですから、お見合いなんてしていません」
「じゃ、じゃあ! なんでおば樣たちはあんなことを……」


 英子先生だっておば樣たちが話していたお見合いのことを聞いていたはず。
 英子先生なら順平先生がお見合いをしていないということを知っていたはずなのに、どうして訂正をしなかったのだろう。

 
「なかなか須藤さんが私に靡いてくれないのを、外野はヤキモキして見ていた。そういうことです」
「そういうことって……」
「ですから、須藤さんに皆さんは揺さぶりをかけたんですよ」
「揺さぶり、ですか」
「ええ。私がお見合いをしたと聞いた時。どう思いましたか?」
「ショックでした。取材があったあの日、どうして逃げてしまったんだろうって」


 あのときの気持ちを考えると、胸が今でも痛くなる。
 眉を下げ、順平先生にあのときの気持ちを告げると、彼は優しく目を細めた。


「どうやら人生の先輩たちは、須藤さんの気持ちが初めから分かっていたんでしょうね。だからこそ揺さぶりをかけた。貴女の気持ちはどこにあるのか。それを知らせるためにってことでしょう」


 私は最後のさいごまで不安でしたけどね、と困ったようにほほ笑んだ。

 やっぱり人生の先輩たちには頭が上がらない。二人の意見は一致した。
 どうやら私が知らないところで、そして順平先生が知らないところで、人生の先輩たちはあれこれ世話を焼いてくれていたようだ。

 ありがたいような、ありがたくないような。これからどんな顔をして私は料理教室に通えばいいのかわからない。それは順平先生も同じことだろう。


(あ、でも。順平先生はポーカーフェイスが上手だから、おば樣たちの攻撃もサラリとかわしちゃうんだろうな)


 そう考えると、標的はやっぱり私しかいないらしい。今度の土曜が怖いなぁと思いながら、最初の話に戻る。



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