らぶ・すいっち
「スミマセン、まさかそんなに気にしているんだなんて思わなくて」
「順平せんせ」
舌っ足らずで私の名前を呟く彼女が可愛くて、私はもう一度きつく抱きしめた。
「まずは釈明させてください。決して貴女のことを他人だと思って名前を呼ばなかったわけではありません」
「じゃあ……どうして?」
涙で潤む目を私に向けてきた彼女は、不安と戸惑いに揺れていた。
私は、バツが悪くて視線を泳がせる。
「実は先ほどの家族の話なんですが……。もう一匹いまして」
「一匹?」
目をパチパチと瞬かせ、呆気にとられている彼女にほほ笑んだ。
「ええ、一匹です。今は両親の傍で暮らしていますが、猫が一匹」
「猫ちゃん……」
「ええ、名前は京香といいます」
「え……京香」
「そうです。漢字も同じように書きます」
驚く彼女に、私は困ったよう瞳を細めた。
「なんでも母は、妹に“京香”と付けたがったのですが、できなかったようなんです」
「で、猫ちゃんに“京香”ですか」
「はい、雌猫なんで」
「そうですか……」
「で、私は猫の“京香”とは天敵同士でしてね。私以外の家族には猫なで声になるくせに、私にはつれないヤツでして。しまいには、私の顔を見るだけでキッーと威嚇までする始末で」
「それは順平先生がなにかやらかしたのではないですか?」
「私は何もしていません。強いて言えば、動物が苦手なだけです」
「たぶん、それを肌で感じ取っているんじゃないんですか? “京香”ちゃんは」
それにしても天敵とは、と小さく呟く彼女がなんともいえない顔をしていておかしくなる。
プッと噴き出すと、彼女の眉間に皺が寄った。