それは、一度終わった恋[完]
* * *
大手証券会社のエリート、湯沢さんとやらは、年齢以上に老けて見えたので驚いた。あとお見合い写真と実物は大きなギャップがあった。
一之瀬さんと同じ年齢のはずなのに、干支を一周してしまうくらい年が上に見える。この人本当に27なのか? という疑いが晴れず何度か世代のわかりそうな歌や番組の話をしたけど、どの話題にもちゃんと共感して懐かしんでくれた。
「澄美さんのご趣味はなんですか?」
漫画を描くことです。
でもここは、この人のお坊ちゃんオーラに合わせて生花とか華道とか言った方がいいのか?
たしかに小さい頃習っていたし、嘘ではないけれど……。
「澄美さんのお父様からは、絵画が得意だと」
「ぶっ」
物は言いようだな、本当に。
貼り付けたような笑顔になんだか息がつまりそうだ。
慣れない清楚なワンピースと華奢なミュールのせいでからだもカチコチである。
あちらが設定してくれたホテルのランチは思ったよりずっと豪華で、念のため正装してきて良かったと心から安堵した。
「澄美さんは、美しい名前にぴったりの容姿ですね」
「え、いやそんな……とんでもございません」
「本当に素敵なお名前です。センスのあるご両親ですね」
その言葉を聞いて、私は不謹慎にも一之瀬さんに名前を褒められたことを思い出した。
ああ、この綺麗な名前は、君だったのか、と。
まるで漫画の登場人物に現実で会えたかのように、噛み締めるように優しく呟くから、すごくどきっとしてしまったんだ。
「としみさん……」
「え? すみません聞き取れなかったのですが」
「あ、ごめんなさいなんでもないです! このスープ美味しいですね!」
無意識のうちに一之瀬さんの名前を呟いてしまい、私は慌ててごまかしたが、自分でも無意識に出てしまったことにものすごく動揺していた。