それは、一度終わった恋[完]
「彼女の仕事は、全部彼女の才能と努力で培ってきたものだ。それをお遊びと捉えるなんて何事だ! 侮辱にもほどがある!」

「なっ、誰なんだっ、君は!」

「彼女の仕事のパートナーだ。彼女を侮辱することは俺ばかりか会社全体を侮辱することにもなる。撤回しろ」

ぐりぐりと靴で肩を踏みつけながら冷徹な言葉を浴びせる一之瀬さんを見て、流石に止めに入ろうとしたが、その前に湯沢さんが口を開いた。

「なっ、こんなことしたら僕の親が黙っていないぞ! 会社はどこだ、名乗れ!」

「秋冬社コミック編集部一之瀬稔海ですが、会社にこのことを被害者ヅラででっちあげるならその場合さっき撮った無理矢理女性にキスをしようとしてるこの写メを即刻あなたの上司の夢木さんに送りつけますから」

さっきのフラッシュは証拠写真をおさえていたからか……。
写真を見た湯沢さんは怯え切った瞳で唇を震わせた。

「なんで常務の名前を……」

「あ、一か八かで脅したけど部署ビンゴだったんだ。夢木さんは俺の父親の親友なんでね。ていうかそれより撤回しろっつてんだろさっきからよ、何度も言わせんな」

「す、すみませんでした……撤回します……」

灰になった様子の湯沢さんは、私と一之瀬さんに深々と頭を下げた。

私はそんなボロボロ状態の湯沢さんにさすがに同情してしまい、一之瀬さんの足を引き剥がして湯沢さんを解放してあげた。

「あの……今回の縁談、親にも私から丁重に断らせてください」

「彼氏がいるならいると、最初から言えばよかったんだ。あんなに思わせぶりなことをして……」

彼は最後にそれだけ吐き捨てて、去って行った。

彼のあまりに八つ当たりな発言に茫然自失としていると、一之瀬さんに「思わせぶりなことしたのか?」と質問されたので思い切り否定した。

……怖かった。
もし、一之瀬さんが来てくれなかったら……そう思うと全身が震えて止まらなかった。

でも、それ以上に、嬉しくもあった。
あんな風に私が侮辱されたことに、後先顧みずに怒鳴り散らしてくれたことが。
私の努力をちゃんとわかっていてもらえたことが、嬉しかった。

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