暗闇の恋
*井伊垣 歩*
井伊垣 歩。16歳。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ靴を履く。
「お母さ〜ん、今日は直杖じゃなくて、折りたたみがいいんだけど、どこ?」
「下駄箱の中に入ってなぁい?」
「ないから言ってるんですけど〜?」
「はいはい」
お母さんがパタパタとスリッパの音をさせてやってくる。
「はい。これお弁当。」
「あっありがと。」
お母さんはお弁当を鞄にいれてくてる。
その後ガタガタと音がする。カチャカチャと音が聞こえる。
「はい、どうぞ」
お母さんが手に折りたたみを持してくれた。
「じゃ、いってきます。」
「はい、気をつけて。今日は迎えに行けるから。」
「うん。お願いします。」
玄関を開けると日差しが暖かく晴れているとわかる。
いつもの道をいつもの速度で歩く。

「歩ちゃん、おはよう!」
近所のおばちゃんの声。
声がする方に顔向け挨拶を返す。
「気をつけていってらっしゃい。」
毎日声をかけてくれる。
「ありがとう。いってきます。」
コンコンと道路を叩く音。
自分ではリズムを刻みながら歩いてる。
いつもの信号でいつもの音。
足を止める。
後ろから騒ぐ声が近ずく。
ふいに背中にその声の人がぶつかった。
「あっすみませんっ!」
そう言われた声が遠のく。
ぶつかった拍子に私の体は前に押し出された。
クラクションが鳴り響く。
しまった!と思った瞬間勢いよく腕を掴まれ引き戻された。
轢かれると思った私の体は誰かの腕の中にある。
匂いが男の…香水?シトラスとムスクの香り。
私より背が高く身体つきがしっかりしてる男の人だった。

「あの…すみません。ありがとうございました。」
その人はなにも言わない。
手を掴まれた。
手のひらに指で何か書かれる。
急でわからない。
「あっすみません。もう一回お願いします。」
【き】【を】【つ】【け】【て】
「あぁ気をつけて。って…えっと…」

相手も障がい者だと気づく。
どうして伝えればいいのか考え迷う。

【だいじょうぶ。きこえないけど、くちびるでわかる。】
「そっか」
【それじゃ】
「はい、ありがとうございました。」
掴まれた腕が熱いまま私は学校に向かった。

それが、郁との出会いだった。
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