暗闇の恋
僕は幼い頃、自転車で事故に遭い聴覚を失った。
音を伝える神経が切断されてしまったのだ。
あれから十年…僕は静かな海の底にいる。
話せないわけじゃない。言葉をどう発音するかは覚えている。
ただ自分で聞こえない分それが正しいかがわからない。
必然と話すことをしなくなった。

『あっしまった!彼女の名前聞いてないっ!』

食器を片付けながら、後悔にさいなまれる。
「ねぇ郁…講義終わったらどっか行かない?」
まどかが話し掛けてきた。
まどかの気持ちは知っている。
昨年の夏に入る頃、告白された。
でも聞こえない僕との恋愛は続かない。
今までも僕の障がいが邪魔をして離れて行ったからだ。

『今は仕事中だろ!?』
「じゃ後で返事聞かせてね。」
まどかには感謝している。
こんな僕の為に手話を覚えてくれたから。
でも、どうせ離れて行くのなら最初から始めなければいい。
そうやって諦めてきた。
恋愛してもそういった気持ちがあるから、なあなあで付き合ってきた。
障がいが邪魔してるのではなく、こんな僕を見透かしてるのかもしれない。
健常者と始めるのは出来なくても、同じ障がい者なら…。
いや、ないな。
さらに難しくなるだろう。
僕が好きになるのは簡単だ。
僕は彼女を見ることが出来る。
容姿がわかってる分雰囲気がわかる。
でも彼女は僕の何がわかるのだろう…。

手を動かすけれど、頭の中は彼女のことばかり考えてた。
ふいに肩を叩かれた。
「八雲、交代!おつかれさん!」
バイト仲間が交代を告げに来てくれた。
もうそんな時間なんだと思った。

着替えて更衣室から出ると、まどかが待っていた。
「じゃ行きますか!?」
『さっきのことなんだけど、飯でも行く?』
まどかの顔がパァっと笑顔になる。
僕はズルい人間だと痛感する。
まどかの好意に甘えてる。
「じゃお店、私が決めていい?」
『うん。まどかが決めて』
「じゃ講義終わるまでに考えて…」
僕はまどかの手を掴んだ。
手話で話す僕らをジロジロと見られた。
「えっなに?…あぁ私気にしないよ…」
まどかまで僕と同じように思われてしまう。
「郁?」
『嫌なんだ。健常者のまどかまで僕と同じよう見られるには…』
「知ってる…前も言ってたもんね…」
『俺はくちびる読めるから…』
「私は平気。私がそうしたいの…ダメかな?」
そう言われると言い切れない。
『わかった。』
「また気になったら言って。」
まどかは明るく言って、じゃ私はこっちだからと去っていく。

講義が終わって帰る頃、外は雨になっていた。
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