暗闇の恋
今日は朝から雨だ。
しかも、梅雨入りしたって朝からニュースで言っていた。
また鬱陶しい季節になったと思った。
雨のこの時期になると耳の奥が痛くなる。
本当に痛いわけじゃない。
記憶が蘇ってくる。
僕が事故に遭ったのも雨の日だった。
友達と遊んだ帰り道、突然の雨でずぶ濡れになった。
少しでも早く帰りたくて急いでた。
気付いた時は目の前に車で…ブレーキはしても意味なくタイヤは滑った。
目が覚めたら病院のベッドで、耳は既に機能を失っていた。

だから、雨の日は憂鬱になる。
今日は講義もバイトもない。
今は朝の9時を過ぎたぐらい。
思いっ切り伸びをする。

『もう少し寝よっかな…』

大きな欠伸をしながら、ベッドに戻る。
夕方雨が止んでたら本屋に行こうと考えながら眠りについた。

次目を覚ました時には3時半になろうとしてた。
カーテンを開けて外を見る。
雨は上がってるように見えた。
着替えて外に出る。
傘はいらないぐらいの小雨だった。
一応傘は持って行こうと手に持って歩き出す。

今日はあの子には会えなかったなと思いながら歩みを進める。
昨日あの子と出会った交差点に差し掛かる。
信号待ち…
道路を挟んで向こう側にあの子がいた。
声をかけるべきか…相手は見えない。
行動を起こすのは僕しかいない。
どうする?僕はどうしたい?
車道側の信号が黄色に変わる。
あの子と始めたいと思ってる。
でも障がいが邪魔をする。
信号が赤になった。
もうすぐ、歩道側が青になる。
もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。
どうする?どうする?どうする?!
青に変わり一斉に人の波が動き出す。
流れに乗って僕も一歩を出した。
考えはまだ、まとまらない。
こんなに自分が優柔不断だとは思ってもみなかった。
ヤバい。もうすれ違ってしまう。
あの子の長い黒髪がすれ違ってなびく。
あぁぁ僕はなんて弱虫なんだろうと思った。
渡り終え後悔しながらも進みを止めない。
どうせ、何も始まらないと何処かで僕は諦めている。
なんだ?周りが何か慌ててる?
そう思った瞬間腕を引かれた。
たまに、あの子と一緒にいる子が僕を呼び止める。
なに?なんだ?
交差点の真ん中にあの子がこちらを見て立っている。
なんであんな所で、立ったままなんだ?
思わず走りよる。
信号が点滅し始めた。
手を引いて歩道に連れていく。
手のひらに話しかける。
『会いたかった。』
彼女はそう言った。
まさかそんなはずがない。
くちびるを読み間違えた?
いや、それもない。
確かにそう言ったんだ。
彼女の手がゆっくり手を伸ばしてきた。
僕の胸に手があたる。
そのまま、その手は上に上がってきた。
いつのまにか雨は小雨から土砂降りへと変わる。
首を触られる。
少し、くすぐったい。
顎を触られる。鼻、目、眉……耳!!
咄嗟に手を取る。
耳は触られたくない。
取った手をそのまま引っ張り屋根のある所に行く。

『いつも轢かれそうだ』
と言うと彼女は少し慌てた。
少し…いや、かなりかわいい。
すかさず冗談だと言うと耳が赤くなった。
側にいた友達の事を聞いた。
すると彼女は自分の名前を告げた。
『いいがき あゆむ』
彼女にぴったりの名前だと思った。

彼女は何かを言いながら下を見た。
もう一度会いたいと言った。
信じられない。
確かめたい。
彼女の顎をあげる。
彼女の顔は赤くなってる。
このままキスしたくなる…。
あぁダメだ。想像が暴走しそうになる。
『下を向かれるとくちびるが読めない』
彼女は謝ると再度僕にまた会いたいと…会ってくれますかと、訪ねてきた。
沈黙が流れた。
でも僕は断った。
障がい者同士の恋愛などうまくいくはずがない。
僕は彼女のまっすぐな気持ちに背を向けた。
僕は彼女から逃げた。
情けない男だと痛感する。
彼女にさよならと告げ一度も振り返らず進んでいく。
僕が振り向いても振り向かなくても、彼女にはわからない。
ただただ、僕が振り向きたくなかった。
振り向けば先のことは考えず駆け寄り今すぐ抱きしめてしまう。

それほど僕は井伊垣 歩を好きになっていた。


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