暗闇の恋
*それぞれの恋*
僕はあの後傘もささずに帰った。
何処をどう帰ったのか記憶にない。
僕は家に着くと、ずぶ濡れのままベッドに倒れこんだ。
僕が言った言葉に顔をゆがました彼女の顔を忘れたかった。
僕はズルい人間だと思いながら、まどかに電話をかけていた。
誰でもいいから近くにいて欲しかったんだ。
僕はまどかの好意を利用してる。
それもわかってる。
かけたはいいが電話先の声なんて聞こえない。耳に携帯を当てても聞こえない。
ディスプレイは発信中から通話中になって時間を刻んでる。
繋がってるのは確かだ…確かなのか?
聞こえない僕には確認しようがない。
電話はそのまま切れた。
それから僕は寝てしまっていた。
目覚めると僕は着替えてて、横には僕の腕を掴みながら寝てるまどかがいた。
泣いてる?
うっすらと泣いた跡がある。
まどかはこんな僕の為に泣いてくれるのだ。
尚更自分が情けなくなる。
まどかの体を揺する。
まどかは目を開けたとたん、バッと起き上がり僕のおでこに手をあてた。
「よかった…凄い熱だったんだよ…。」
そう言いながら見せた笑顔が、あの子と重なる。
僕はまどかを抱きしめた。
「郁?」
そのまま、まどかを押し倒した。
「郁?どうしたの?なに?」
僕は黙ったまま、まどかを見つめた。
「郁らしくないよ!なにがあったの?」
そう言って起きようとするが僕は力を緩めない。
「いい加減にして!!怒るよ!」
僕はまどかの口を塞いだ。
驚いたのか、まどかは僕の唇を噛んだ。
痛みでまどかの唇と僕の唇が離れる。
瞬間、頬に痛みが走る。
思いっ切り振り抜いたまどかのビンタは強烈で僕の目を覚まさせるには効果的だった。
『ごめん…どうかしてた。』
「…謝らないでよ」
下を向いててわからない。
まどかに見えるように、なに?と手話で聞いた。
「謝らないで!!」
顔を上げた、まどかはボロボロと大粒の涙を流していた。
しまった…!僕はなんてこと…。
まどかに触れようと手を伸ばす。
触られたくないように、僕の手を避けた。
「私は郁が好き!大好きよ…でもこんなの嫌!他の子を想ってる郁とキスなんてしたくなかったよ!」
そう言うと、まどかは帰って行った。
僕は頭を抱えた。
最低最悪の人間だ!
まどかの気持ちを僕は…追いかけないと!
急いでまどかのあとを追う。
外は土砂降り。
僕はスエットのままサンダルで飛び出した。
まどかの姿は見当たらない。
とりあえず駅の方向へと走った。
前方に傘もささずに歩いてるまどかを見つけた。
駆け寄ろうとしたとき、まどかに近付く人がいた。
仕事帰りだろう、酔っ払ったサラリーマンに絡まれだした。
腕を掴まれまどかは何か叫んでる。
急いでそばまで行き腕を掴んでるサラリーマンの手を払い除けた。
弾みでサラリーマンは後ろに転ぶ。
僕は構わず、まどかの手を取り歩き出そうとした。
「離してっ!!」
まどかは僕の手を払った。
『ごめん…とりあえず帰ろう』
僕の手話を見たサラリーマンは何か文句を言って何処かに行った。
まどかはサラリーマンを振り返り睨んだ。
そのあと僕に向き直り
「帰ろうってなに?私の家はあっちだもん…」
『僕の家に一緒に行こう』
「…なんで追いかけてきたの?なんで家に行こうなんて言うの?それって私の気持ち受け止めてくれるってこと?」
まどかはまくし立てるように言った。
まどかの気持ちを受け止める…じゃあの子は…。
こんな状況になっても僕の頭の中で、あの子は笑顔を僕に向ける。
けれど、その笑顔はすぐさま僕の一言で歪んだあの顔に変わった。
あの子は忘れなくちゃいけない。
想ってても、もうどうすることもできない。
僕があの子との縁を自ら断ち切ったんだ。
それなら、こんな風に僕を真っ直ぐに見つめ真っ直ぐにぶつかってきてくれてる、まどかの気持ちに応えるべきじゃないのか…
いや、応えてまどかを選んだほうが楽なんだ。
その方が楽な事を僕は知ってる。
僕の答を不安な表情で待っている、まどかを愛おしくも思う。
そう思ったのは嘘じゃなかった。
僕は黙ってまどかを抱きしめた。
まどかの腕が僕の背中に回る。
僕はそのまま、まどかとキスをした。
今度はビンタをされなかった。
まどかとの二度目のキスは雨と涙の味がした。

僕らはなにかを埋めるように、お互いを求め合った。
僕の腕の中のまどかはいつもより小さく感じた。
真っ暗な部屋で豆電球の小さな明かりの中で見るまどかは恥ずかしさと不安が入り混じった顔をしていた。
僕はまどかの気持ちを直視出来る程強くなく、その夜は無我夢中で本能のまま、まどかを抱いた。
まどかの手が僕の耳に触れた。
事故の時潰れた形のない耳。
咄嗟に避ける。
気にせずそのまま、まどかは僕の耳にキスをした。
愛おしい物にキスするように優しくそっとキスをした。
思わず僕は泣いた。
無音の世界に一人でいる僕をまどかは愛してくれた。
今までの女とは違う。
興味本位で近付いてきたわけでもない。
この子なら違うと思える。
僕はまどかを抱きながら、あの子のことは忘れようと決めた。

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