マネー・ドール -人生の午後-
 さてと、夕食の準備でもしよう。慶太は何時に帰ってくるんだろう。聞いとけばよかった。
 あっ、すっかり忘れてた。マナーモードのまま! どうりで鳴らないわけだ。
バッグの中のスマホには、着信が数件。私の退職を聞いた取引先さんからね。もう、いっか。理由なんて、言えないし。おつきあいすることも、ないんだから。
 それから、慶太と……将吾? えっ、なんだろう……
 ……かけていいよね。だって、かかってきたんだもん。何か、用事かもしれないし。

「あの……電話くれてたみたいだから」
「ああ、仕事中か? 悪かったなあ」
「ううん。どうしたの?」
「あれから、どうしたかと思ってな」
「……あの人のこと?」
「そうや」
将吾……本当に、それだけ? そんな理由?
「将吾、今、何してるの?」
「今日は非番や。さっき洗車して、もう帰るとこ。あっついわ、外」
 昔、よく、あの社宅の駐車場で、二人で洗車したっけ。意外と几帳面なのよね、将吾って。軽トラなのに、丁寧にワックスかけてたっけ……
「一人?」
「聡子は仕事や」

 頭の中に、あの手紙が、リフレインする。あの荷物のかび臭いニオイが、蘇る。
 ……一緒に過ごした二年。恋人同士として、一緒に暮らした……二年間。
 たった二年間なのに、慶太と過ごした二十年より、ずっと、ずっと、長かった……

 ダメなの。
 私、どうして? どうして、こんな風になってしまうの?

「ねえ、今から……会える?」
 断ってくれるよね?
「……ええよ」
 うそ……ダメじゃん。断ってよ……
「今どこにおるんや」
「家にいるの……来てくれる?」
「休みなんか?」
「うん……まあ……」
「佐倉もおるんか?」

 嘘。嘘を、つく。絶対に、ついちゃ、いけなかった。

「いるよ」
「そうか、なら、別にええな」
 将吾はほっとしたみたいに言って、今から寄るわって、電話がきれた。
 
 どうしよう……将吾を家に呼んでしまった……慶太、何時に帰ってくるんだろう。そんなに、早くは帰って来ないよね。
何? 私、何考えてるの?

「電話、出れなくてごめん」
「ううん、無事、家に帰った?」
「うん」
「どうやって帰ったの?」
「電車」
「藤木に送ってもらえばよかったのに」
「いいよ、藤木くんも、忙しそうだったし」
「そうか? あ、今日さ、ちょっと遅くなるんだよ」
「え、ああ、そうなんだ。ご飯は?」
「食べて帰る」
「わかった」
「じゃあ……十一時くらいにはかえるから」
 十一時……今はまだ……三時。時間は……あるね……

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