マネー・ドール -人生の午後-
 しかしまあ、今日の客は、うれしくない客だ。
 コーヒーを置いて出て行く相田に、わざとらしい笑顔で、そいつは、ありがとうございまーす、いただきまーす、と言った。
 俺はこういうテンションのやつが、どうも嫌いだ。
 だけど……仕事だからな……

「いやあ、オシャレなオフィスですねえ!」
「ありがとうございます。去年、改装したんですよ」
「そうですかぁ。ところで真純ちゃん、元気?」
目の前の三好は、馴れ馴れしく、タメ口で聞きやがる。
「ええ、元気ですよ。ここで働いてましてね。今日は外回りで、夕方まで戻らないかなあ」
「そうかそうか、顔見たかったんじゃけどなぁ。なんやら、モデルみたいなことしとんさるんでしょう。いやあ、あんだけべっぴんじゃったらねえ」
その広島弁も、わざとらしい。イラつくなあ。さっさと帰れ。
「ところで、今日はどうされたんですか? 東京まで、お仕事ですか?」
「いや、実はですね。知事選に出ることが決まりまして」
こんなやつが知事か……世も末だな。
「それはおめでとうございます。ご健闘を」
「ありがとう。それで、ちょっと準備に手間どってましてねえ」
「ほう、なんでしょう。資金ですか?」
「いや、まあ、それはなんとかね」
金じゃないとすると……だいたい、予想はつくな。
「お恥ずかしながら、この歳まで、独身でしてね。まあ、なんというか……」
女の清算か。情けねえやつ。ああ、もしかして……真純のお母さんのことか?
「これを機に、結婚しようかとね」
えっ! それって、もしかして……
「先生とは、義理の親子ってことになりますなあ」
うわ……それが目的かよ……
「そうですか。おめでとうございます。全く存じませんで」
「真純と、純子は、相変わらずですか」
お前に真純なんて、呼ぶ資格ねえよ!
 俺はもう、イライラの絶頂で、これ以上、この最低なおっさんと話すことはできそうにない。下手すりゃ、殴ってしまいそうだ。
「三好先生、過去について、私は何も言う気はありません。ただ、あなたは真純を傷つけた。それだけは、やはり許せない」
だけど、三好は俺を挑発的に見て、にやり、と笑いやがった。
「わかってないなあ」
「何がですか」
「私はあの子を、無理矢理乱暴したわけじゃない」
はあ? 何言ってんだ、こいつ!
「ちゃんと、代金は支払ったんですよ」
「代金って……なんですか」
「おや、ご存知ないんですか。純子はねえ、客をとってたんですよ。でも、まあ、なんというか、世の中には、『大人の女』に興味のない男もいるんですよ。わかるでしょう?」
……吐きそうだ……
「それなのに、あのチンピラの息子。まったく、いいとばっちりだ」
三好は、鼻で笑って、タバコをふかした。くっせえ煙が俺を襲う。
「私もあれで懲りてね。でも、最近の子供は、発育がいいというか、なんというか……十八だと言って、蓋を開けたら十五、十六だ、なんてねえ。いやはや、困ったことですよ」
「……それで?」
「私の公約は、青少年教育の改革と、女性のポジティブアクションの推進なんです」
 短くなったタバコを灰皿に押し付けて、鞄の中から、風呂敷包を出した。
「いくらかかっても構わない。私の公約が守られるよう、協力してください」
風呂敷の中には、札束が、十冊。
「不足の請求書は、ここへ」
「お断りすると言ったら、どうなりますか」
無駄な質問だな。
「そうですねえ。佐倉代議士の義理の娘は、援交をしていた、なんて噂がたちますねえ」
くそっ……
「代金はお支払いします。それから、先生。親戚の好で、応援、お願いしますよ。ああ、そうだ。真純に、スピーチお願いしようかなあ。あの子も、すっかり有名人なんでしょ?」
三好はニヤニヤと笑って、立ち上がった。
「では、ケイタクン。よろしくね。オトウサマにも、よろしく」
灰皿には、あの男が吸っていた、汚らしい吸い殻が潰れている。
「なんだよ!」
 なんてことだ……まさか……こんなことに……もし真純に知れたら、また傷つけることになってしまう……

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