マネー・ドール -人生の午後-
 ぼんやり、目の前の風呂敷と、メモと、汚い吸殻を眺めていると、ドアの向こうから、真純と山内の声が聞こえた。

「ただいまぁ。あー、寒かった! ねえ、お客様?」
「いいえ、もう帰られました」
「そう。失礼しまーす」
 しまった……片付けるタイミングが……
 気が付いた時にはもう、ドアが開いていた。

「これ、頼まれてた書類」
「ああ、ありがとう」
真純は、テーブルの上の札束と、三好が残していったメモを、じっと見た。
「これ……あの人よね……」
「か、会計のことで、相談に来たんだよ」
「このお金、何?」
「ちょっとややこしいから、割増料金」
俺は軽く笑ったけど、真純の視線はかたまったまま。
「……そう……」
真純はそう呟いて、背中を向けた。
「真純、違うんだ」
「何が違うの?」
「……その……結婚、するそうだ……お母さんと……」
「関係ない」
 声が震えている。
 そうだよな……自分を傷つけた男が父親になるなんて……でも……本当のことなんか、言えない。
 まさか、実の母親が、娘を男に売っていたなんて、そんな残酷なこと……言えるわけない……
「知事に立候補するから、協力してほしいって。お父さんに、なるわけだしさ……」
「……そうね」
そう言い残して、真純は部屋を出て行った。
 ダメだ……また真純を傷つけてしまった……でも、今回は、こうするしか……

「真純さん! どうしたんですか!」
 山内の声に慌てて出て行くと、キッチンスペースで震えて蹲る真純がいた。
「真純! 大丈夫か!」
「ごめんなさい……ちょっと……目眩がしたの……大丈夫だから……」
どうしよう……また……
「立てるか?」
でも、真純は俺の手を取らなかった。顔を背けて、ただ、ガタガタと震えて、俯いている。
「真純さん、こちらへ」
 山内は、うろたえる相田と藤木の視線から守るように、ジャケットをかけて、新しくできた休憩室に、真純を連れて行った。
 窓の外から見える真純は、泣いている。山内が隣で一生懸命なだめて、俺の顔をちらりと見て、静かに首を横に振った。

 山内だけには、真純のことを話している。気持ちが揺れること、動揺すること……自分を見失ってしまうこと。
なんだかんだ言って、山内は信頼できるし、一緒に外回りしている時も、ずっと注意してくれていた。
相田と藤木も、なんとなくわかっていて、二人とも、何も言わず、デスクに戻っていく。
「部屋にいるから、山内に来るように言ってくれ」

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