マネー・ドール -人生の午後-
「真純、今夜は、帰れそうにない」
「あら、お仕事?」
「ああ。明日まで、かかるから」
「さしいれ、持って行こうか? 松永さんもご一緒でしょ?」
「大丈夫だ……なあ、真純……」
「なあに?」
「俺のこと、愛してるか?」
「……どうしたの?」
「こたえてくれ。これから何があっても、俺を愛してくれるか?」
電話の向こうの真純は、少し黙って、愛してる、と言った。
「ありがとう。俺も、愛してる」
 電話をきって、俺は、パソコンに向かった。キーボードをたたく指に、涙が落ちる。
 こんなこと……こんなこと、俺は……
 これが、俺の……仕事だったのか……
 罪を罪でなくす、罪を誰かに被せる、それが、俺の、仕事。

 出来上がった帳簿を見て、松永さんは、さすがだね、と微笑んだ。
 褒めてなんか、欲しくない。
 こんなもの、作りたくない。
 青い顔の兄貴に、もう何も心配いらない、と松永さんは言った。
「絶対か! 絶対、大丈夫なんだろうな! おい、慶太、お前、絶対だろうな!」
「知るか」

 松永さんは、俺たちにホテルを手配してくれていた。マスコミがきっと、押し寄せるから、と。真純ちゃんが心配だから、と。
「ねえ、何があったの? どうして、ホテルに泊まるの?」
「いいから用意しろ!」
 つい、イライラして、怒鳴ってしまう。真純には何の罪もないし、真純に怒鳴るなんて、間違ってる。
 俺たちは無言のまま、ホテルに入った。
 真純はずっと黙ったままで、俺はずっと、パソコンに向かっていて、どうにかできないのか、こんな方法しかないのか、焦るばかりで、ベッドにぼんやり座ってテレビを見る真純にまたイライラしている。
「うるさい、テレビ消せ」
「ねえ、どうしたの? 何があったのか、私にも話してよ」
「うるさいっつってんだろ! お前には関係ないんだよ!」
 ……しまった……また……
 真純は下唇を噛んで、泣きそうな顔をして、部屋を出て行った。
「くそっ!」
 どうしようもないくらい、俺は、何もできない。どうしようもないくらい、俺は、ガキ。どうしようもないくらい、俺は、バカ。

 一時間、二時間しても、真純は帰って来ない。
 電話をかけても、部屋の中で鳴るだけで、ホテルの中のカフェやレストランを探したけど、見つからない。

 ……どこ行ったんだよ……

< 203 / 224 >

この作品をシェア

pagetop