マネー・ドール -人生の午後-
 結局、三人は閉店まで飲んでて、私が運転して、家まで送ることに。
「あれ! この車! あのセルシオか!」
「そ、懐かしいだろ? やっぱ国産は乗りやすいわ」
 そうなの。松永さんがずっと大切に乗っていたセルシオはね、私たちのいろんな思い出が詰まった車だから、形見分けで、譲ってもらったの。
「普段はあれなんだけどね。今日は特別に乗せてやるよ」
 仕事用の車は、買い出しもし易いように、軽ワゴン。なんだか……軽トラに戻ったみたい。
 昔、将吾と別れた日、あんな車、二度と乗らないって思ったっけ……あの頃は本当に、私、どうかしてた。お金と見栄しか、見えてなかった。

 中村くんを送って、慶太はいつのまにか、後部座席で寝ちゃってて、助手席には、将吾が、タバコを吸ってる。

「真純」
「うん?」
「ローストビーフ、うまかった」
「そう、よかった。今度は、家族みんなで来てね」
「ああ、そうやな。凛も碧も、会いたがっとる」
「みんな、元気?」
「元気や。涼は野球で高校行ってな。がんばっとるよ」
「そうなんだ! 甲子園出たら、応援いかなきゃね」
そっか……よかったね、将吾。ほんとに、パパになって、幸せだね。
「聡子さんは?」
「ああ、元気や」
「……仲良く、してるの?」
「しとるよ。もう……手もあげとらん」
「聡子さんと、お友達になりたいの」
「聡子もそないゆうとった。今度、一緒に店に行くよ。」
 そのまま会話は途切れて、私たちは無言のまま、将吾のマンションに到着した。
「ありがとうな」
「ううん。またね」
 降り際に、将吾が私の手を握った。
「幸せか?」
 将吾、私ね……今、ほんとにね……
「うん、幸せだよ」
「そうか。そんだらええ」
 将吾は、優しく笑って、ドアを開けた。
「俺も、幸せや」
 きっとそれは、本心で、私はやっと、その言葉を素直に受け止めた。
「おやすみなさい」
「おやすみ。気、つけてな」
 将吾はドアを閉めて、マンションのゲートへ入って行った。一度だけ、ふと振り返って、手を振って、そしてもう、将吾の背中は見えなくなった。
「バイバイ、将吾」
 私はそう呟いて、セルシオのエンジンをかけた。

 さよなら。私の初恋。私の……思い出……

 涙はもう、出なかった。
 出なかったけど、少しだけ胸が、痛かった。キュッて、締め付けられるように、ね。ほんの少しだけ。……これくらいなら、いいよね。

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