マネー・ドール -人生の午後-
「はい、着きました」
 新居は、小さな中古の一戸建てで、裏庭があって、そこにはハーブとか、トマトとか、小さな家庭菜園。休みの日には、二人でお野菜の世話をして、お店の食器とか、ディスプレイとか見に行ったり、美味しいお店を探しに行ったり。
 私の胸元にはもう、ダイヤのティファニーはないけれど、慶太の左手にも、ロレックスはないけれど、二人の、左の薬指には、カルティエの……カルティエとか関係なくて、二人の、マリッジリング。
 ねえ、それだけで、本当は、充分だったんだよね。

 カーステレオの時刻表示は、午前零時半。すっかり、遅くなっちゃった。
 私たちは、二人でお風呂に入って、二人でベッドに入って、二人で愛し合って……

 幸せ……ねえ、慶太、私ね、幸せって言うの。誰に聞かれてもね、ええ、幸せですって。
 だってね、だってこんなにね、愛されてるんだもん。愛してるんだもん。愛している人と、こうやって、一緒にいられるんだもん。
 あなたさえいれば、私は幸せなの。あなたは? あなたも、幸せ? 私がいれば、それで幸せ?

「真純がいれば、もう何も、いらないんだ、俺」
「うん。私も。慶太さえいれば、もう、何もいらないの」
「幸せだね、俺たち」
「幸せね、私たち」

 まちがっていたのかもしれない。
 私たちは、まちがったことをしていた。誰かを傷つけてしまった。何かを見失っていた。
 考えると、私たちの人生は後悔ばかりで、でも、もう、あの時には戻れない。時間は、絶対に後戻りしない。だから、私たちは、前に進まなきゃいけない。
 過去を後悔しながら、償いをしながら、前を向いて、上を向いて、二度と同じまちがいをしないように、私たちは、そうやってオトナになって、生きていく。
 私たちは、生まれて二十年で出会って、そして、二十年間傷つけあって、次の二十年目を二人で歩き出した。この二十年が終わって、また次の二十年が始まる頃、私たちはどうしてるかな。そして、その二十年が終わる頃、私たちは……きっと永遠に、本当に夫婦でいられるんだよね。
 今の私たちは、どこにいるんだろう。もし人生が一日だとしたら、今、何時くらいなんだろう。
 私ね、思うの。あの田山くんの飛行機を見送ったとき、私たちの新しい二十年が始まったんじゃないかって。
 午後十二時十五分。
 きっと、その時間に、今、私たちはいる。南の空に輝く太陽は、これからゆっくり地平線に沈んでいく。沈んでいく太陽を止めることなんて、誰もできない。できないけど、その太陽を笑顔で見送ることはできるよね。沈む夕陽が、悲しく見えるのか、美しく見えるのか。
 ねえ、慶太。私たちは、二人で、美しい夕陽を、見送れるよね。一緒に、美しい夕陽を見て、美しい星空を見て、ずっと一緒に、時計の針が夜中の零時をさすまで、ずっと一緒に。
 
「あ、田山くんからメッセージ」
「ええ? こんな時間にか? 非常識だ!」
「時差があるんだもん。仕方ないよ。へえ、来月、日本に帰って来るって。お店にお邪魔したいって。いいでしょ?」
「ふん。別にいいけど! 割引はしないからな!」
 すっかり有名人になっちゃった田山くん。時々、テレビとかで見るけど、今の彼、とっても素敵。キラキラして、とってもね、かっこいいの。
「いや、サインくらい飾ってやってもいいかな……写真も、撮ってやろう」
 もう、慶太ったら。ゲンキンなんだから!

「あ、朝市だっけ、明日。正確には、今日だけど」
「ああ、そうだそうだ。忘れてたな」

 時間は午前三時。
 また明日も、一緒ね、慶太。
「おやすみ、慶太。ちゃんと起こしてね」
「わかってるよ。おやすみ、真純」

 あったかい手、あったかい唇……あったかい、私たち。

 明日も、明後日も、ずっと、ずっとね、慶太……一緒に、いようね。

 愛してる、慶太。


〈完〉
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