マネー・ドール -人生の午後-
 私達は、チェックアウトを済ませ、病院へ向かった。
 病室は個室で、明るくて、清潔で、窓辺のベッドには、歳をとった、あの人が眠っていた。
二十二年ぶりに見たその人は、ずいぶん太っていて、安っぽい長い茶髪に、素顔の肌にシミとシワが目立っている。
 
 この人……これがあの……あの母親。私の、母親。
 ねえ、慶太。
この人がね、私の、母親なんだよ。
私、こんな安っぽい、薄汚れた、田舎者の……娘なの。

 私達の気配を感じたのか、ゆっくりと目が開いて、あの人は驚いた顔で、私達を見ている。
「佐倉です、お母さん」
そっか……慶太は、初めて会うんだ、この人と……
「……真純の……」
「永い間、ご挨拶にこれなくて、申し訳ありませんでした」
 タバコと酒にやけた声は、掠れている。
「こんげ遠いとこまで……」
「お加減、いかがですか?」
「死ぬかとおもたけど、生きとります」
「ほんとによかった。安心しましたよ」
慶太の優しい笑顔に、あの人も笑った。
 その顔は、昔、家に転がりこむ男に見せていた、あの顔で、偽りの、笑顔。
 やっぱり、許せない。あなただけは、許さない。
「死ねばよかったのに」
「真純、やめろ」
 私の言葉に、あの人は、にやり、と笑った。
「あんた、真純かぁ」
「娘の顔も忘れたの?」
「えらいベッピンなって、わからんかったわ。私の若い頃に、よう似とる」
 似てる……似てる……
 そうね、姿かたちはね、似てるわね。
 だけど、私はあなたみたいな、安いオンナじゃない。
私は東京の、地位もお金も、何もかもある、セレブなの。あなたと一緒に、しないで。

 ドアがノックされて、看護士さんが入ってきた。
「門田さんの、お身内の方ですか?」
「はい」
「ちょっと、先生からお話がありますので……」
「わかりました。真純、俺、行ってくるから」
「うん……」

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