マネー・ドール -人生の午後-

(3)

「悪いな、呼び出して」
「かわまわんよ。真純の母ちゃん、どうや」
「週末にも、退院するみたいだよ」
「そうか。まあ、よかった、ようなって」
 そのセリフは、常識で、俺たちの本心ではない。
だけど、俺たちは、そう言うしか、できない。

「で、真純のことか?」
「……わかるんだ」
「お前が俺に話しなんや、真純のことしかないじゃろ」
 杉本はタバコに火をつけて、ビールを飲んだ。
「車じゃないの?」
「一日、運転しとるんや。仕事以外では極力乗りたない」
 杉本は笑った。
その笑顔は、優しくて、逞しくて、頼りがいがあって、男の俺でも、ちょっと惚れてしまいそうな、相変わらずの男っぷり。
「真純と……兄妹って、本当なのか?」
「わからんなぁ」
「お前はさ……どうなんだよ」
「どうって?」
「真純と、兄妹の方がいいのか、それとも……」
「今となったら、どっちでもええ」
「今となったら?」
「……昔はな、真純のこと諦めるのに、必死やった。だから、兄妹なら、もうどうしようもない、これで良かったって、思えたから」
杉本、お前は……強いんだな……
「でも、今はな。聡子もおって、子供もできて」
「真純のこと、もう、完全に……」
「当たり前やろ」
 本当か? お前、本当にもう、忘れられたのか?
「なあ、佐倉。子供の存在はな、でかいんや」
「子供……」
「正直、聡子と一緒になっても、真純のこと、思い出さん日はなかった。もし、子供がおらんかったら、俺は聡子を捨てたかもしれん」
「それは……真純?」
「そうやな。二十歳まで、俺は真純だけを見て生きてきた。真純のためやったら、なんでもできたし、死ぬのも怖くなかった。あいつが東京行く言い出しだ時も、俺は広島から出ることに迷いはなかった。東京行って、稼いで、真純と一緒になって、子供作って、あいつが子供ん頃、味わえんかった、家族の幸せを、何が何でもつくってやろうってな」
 そうなんだよ……俺は、知ってたよ。
お前が、本気で真純のことを愛してて、本気で真純のことを守ってることを……
「そやけど、東京の男には、勝てんかったな」
 杉本は嫌味を少し含んで、でも、カラッと笑った。
なんて、度量のでかい男なんだろう……それに比べて、俺は……
「ごめんな……」
「まあ、恨んだで、お前のこと。そやけど、真純が選んだ男や。真純が幸せになるんやったら、それでええって、俺は思った」


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