狂愛


「…舞香。」

私の肌に唇を這わしていた彼が不意に私を呼んで顔を上げた。

その瞳は私に何かを訴えている。
でもそれが何か分からない。

「ちゃんと、集中しろよ。」
私が考え事をしていると分かったのだろう。
彼は静かに呟くように私に聞いた。

「舞香は、好きな男がいるのか?あの男がいいのか?」

彼の言う『あの男』が誰かはさっぱり分からないが、好きな男はいる。
その人は今目の前で私の上に覆い被さりながらいつもでは有り得ないくらい優しい声で私に問いかけている。

彼の問に答えたいけど、答えるのが怖い。
体はこんなに深く繋がっているのに、心が分からない。
彼は問いかけておきながら、答えは求めていないようだ。

私の体を激しく揺さぶりながら唇を合わせて柔らかく濡れた舌を絡ませる。

息が乱れて、呼吸が苦しい。

でも、彼に伝えたかった。
もう5年もこんなことを続けている。

「秀く…ん、私、好き、…好きな人…いるよ。」

彼は私の言葉を聞きながら一瞬目を見開くと「許さない。」そう言った。

私に問いかけてきた優しい声が嘘のような夢から覚めたような厳しい声に心が凍りつく。

彼は私が彼を好きなことを"許さない"と言った。
玩具が自分を好きになるなんて許さないと思っているのだろうか。
だったらどうしてこんな行為を毎晩行うのだろう。

彼の動きがいっそう激しくなる。
どうして
どうして
昔から彼の考えている事は分からない。

「どうして……秀くん、どうして…秀くんを好きになったら…ダメなの?」

涙が溢れて止まらなくなってしまい、私はとうとう本格的に泣き始めてしまった。

苦しい。
こんな気持ちは嫌。
彼はあの優しい笑みを他の女の人には惜しみなく見せるのに、私には一度も見せてくれは事はない。

「……え?」

彼が気の抜けた声を発した。
そして、顔を覆いながら泣いている私の両手を掴むとキスをしながら「俺が悪かった。泣かないでくれ。」と優しく何度も私が泣き止むまで続けてくれた。

初めて彼から謝られて驚いた。
何を悪いと謝っているのだろうか。


「舞香、俺が好きなのか?」
こくりと頷くと彼から苦しいほど抱きしめられた。
そして、「じゃあ、結婚しよう。」と即答されて何が「じゃあ」に繋がるのかさっぱり分からない。


「結婚はちょっと……」
まだ早いかと…。
私が躊躇うと、彼の瞳が人一人殺したことがあるのではと疑いたくなるほどの鋭さを私に向ける。

「俺がお前なんかと結婚してやってもいいと言ってるんだ。断ったらどうなるかは舞香が1番良く分かってると思っていたんだがな…?」

怖すぎて何度も頷くと、やっと彼の機嫌はマシになったようだ。
そして、ハッと我に返る。

もしかして、もしかしなくても、私は一生彼にいじめられ続けるのではないのかということにやっと気がつき将来のことを考えて体が震えた。

「どうした?震えなくても大丈夫だ。俺達の子供は可愛がるからな。俺がいじめるのは舞香だけだ。」

そんな恐ろしいことを凶悪な笑みで言われても……

震える舞香を秀輝は抱きかかえると、愛しい存在に再び手を這わせるのだった。






******


秀輝は初めて舞香に合ったとき、こんなに可愛い存在がこの世にいた事に驚いた。

そして、何故かこの可愛い生き物を無性にいじめたくなった。
この可愛い生き物を自分だけが独り占めしたい。
全部全部自分のものに。


舞香はとても可愛らしいアーモンドの形の瞳をパチくりしながら、「シュウくんってよぶね。わたしはまいか!」と新しい同い年の友達が出来ることを嬉しそうに柔らかそうなほっぺたに笑窪をつくっていた。

それから秀輝は舞香をいつも引っ張り回すようになった。
舞香は見た目は愛らしくて仕方ないのだが、性格は思ったよりも図太いらしかった。
秀輝が舞香の泣き顔が見たくてトカゲやバッタを手に乗せても「きゃあ!」と驚くだけで泣くことはなかった。
2人で山の中まで遊びに行って、花や木や虫に夢中になっている舞香を独りぼっちにして帰れなくしてやろうと思い、影から様子を伺っていた時も、独りぼっちということに不安がる様子はなく「シュウくーん!シュウくーん!」と秀輝が迷子になったのだと思ったのか舞香は山の中秀輝を探し続けてくれた。
流石にバツが悪くなった秀輝が現れると舞香は「シュウくん、良かった!」と、アーモンドの瞳を潤ませて「独りぼっちにしてごめんね。」と全く悪くないはずの舞香が謝ってきた。

それからも、舞香は図太く秀輝が意地悪をしてもそれに気が付いていないようだった。
だが、ある日秀輝は偶然聞いてしまった。

「まいかちゃん!まいかちゃんはしゅうきくんにひどいことをされてるみたいだけど大丈夫?」

それは、舞香のことを心配した男の子からの言葉だった。
舞香はキョトンとして、「シュウくんがわたしにひどいこと?」と尋ねると、「だって、この前だって……」
男の子は秀輝が日頃舞香に行っていることは悪意があると舞香に訴えていた。
すると、舞香のアーモンドの瞳がうるうると緩みとうとう舞香は「そんなことないもん!シュウくんはともだちだもん!」と泣き出してしまったのだ。
秀輝はやっと舞香の泣き顔が見られたはずなのに、何故かとてつもない怒りを感じた。

男の子はただ舞香の気を自分に向けたかっただけだったのだろうが、舞香が泣き出してしまいオロオロする。
秀輝は舞香の元にまっすぐ向かうと、男の子に"王子様スマイル"を向けながら「女の子を泣かせるなんて最低だね。」と言い放つと、舞香の手を引きながらいつも遊ぶ家の近くの山まで行った。

舞香はその頃には泣き止んでいて「シュウくんはわたしが嫌いだったの?」と聞いてきた。「嫌いじゃないよ。」と返すと、舞香が嬉しそうにアーモンドの瞳を細めた。
「でも、まいかのことみてると、意地悪したくなるんだよね。」
その瞬間舞香はショックを受けた顔をしていたが、秀輝の言った言葉に対しては涙をみせることはなかった。

それから、舞香は秀輝をだんだんと警戒するようになり秀輝がする意地悪を意地悪と気がつかずに後から気づいてショックを受けるようになっていた。
それが中学生になるとヒートアップしていき、何でもかんでも舞香を構わないと気が済まない秀輝はちょっとしたことでも舞香に嫌味を言ったり使いっぱしりにしたりしていた。
そしてその頃から秀輝はその王子様のような容姿と王子様のような優しい仮面を張り付けていたため、女の子から呼び出される事が多くなった。

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