琥珀の記憶 雨の痛み
笑っていた。
彼は全然苦しそうなんかじゃなく。

起こったことは全部、私の妄想まじりのただの勘違いだったんじゃないかと思ったくらいに、晴れ晴れと。


「俺ね、思い込みの激しい勘違い馬鹿だから」

「は……。え……?」

「待ってるよ」

「何を――」

「莉緒が、誰の目も気にせずに、俺のこと名前で呼べるようになるまで」

「……ッ」


それは、眩暈がするくらいに甘い宣言だった。
断ち切るつもりだった、突き放して終わったつもりだったのに、一瞬でグラついた。

待っても無駄だと言わなきゃいけなかったのだ、この時に。
本気で尚吾くんを諦める覚悟があるなら。
本当にナツを応援するつもりがあるなら。


私が何も言えずにいる隙に、彼は「じゃあね」と手を振って原付を走らせた。
マンションの方へは曲がらずに、真っ直ぐ。

多分そのまま県道に出るんだろう。
見送れない、と思っていたはずのその後ろ姿が見えなくなるまで、私はじっと、その場で立ち竦んでいた。


勘違い、だ、きっと。
彼も、私も。
何か勘違いしあって、きっと、食い違ってるんだ。
誤解なんだ、きっと、全部。


――そんな風に自分に言い聞かせて誤魔化すにはあまりにもはっきりと、明確に。
彼は言葉よりも態度で、空気で……身体全部で。

気持ちを伝えてきたし。
私が隠そうとした想いも、掬い上げてしまった。
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