琥珀の記憶 雨の痛み
「お母さん……どうしたの?」

「莉緒、あんた」

様子がなんだか変だった。


母はそれきり黙り込んだから、私が着てる見慣れない男物のジャージや手に持ったままのタオルを不審に思っているのかと思った。

けど、追求されたら面倒だなと思って言い訳を考えているところに投げかけられた質問は、全く別のものだった。


「あんた今日、お父さんの家に、電話してないよね?」


――母の口からその単語を聞くのは、ひどく久しぶりだった。

『お父さん』


「は……なんで今さら……。っていうか私、連絡先すら知らないんだけど……」

むしろ。
あの人が生きてるのかどうかも、知らない。


「そうよね、なら良いの。お風呂行きなさい。それ、お友達に借りたの? 彼氏?」

「や、借り物だけど、別に彼氏とかじゃ……。っていうか、お母さん」

「そう。莉緒は彼はまだいないの? 別に言わなくてもいいんだけど、うん。親に言えないような付き合い方だけしないでくれれば、うん、いいのよ別にどっちでも」

「お母さんってば!」


娘に聞くだけ聞いておいて、普段は絶対言わないようなことを言って誤魔化して逃げようとしている。
母はどこか、変だった。


「お母さん。何があったの?」

奥に引っ込もうとしている母の手首を掴んで立ち止まらせて、振り返らせて。
じっと目を見ながらそう聞くと、母は辛そうにため息を吐いた。


「話すから……先にお風呂、行ってきなさい」
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