琥珀の記憶 雨の痛み
『お父さん』――その言葉に、私が今さら取り乱すことはない。

けれど、外したままスクールバッグのポケットの底で眠っている琥珀は再び存在を主張し出した。
バッグが重い。


一旦自分の部屋に戻って荷物を置き、お風呂上がりの着替えを用意する。

濡れた服が纏わりついて重い。
バッグをおろした後も、姿も見えないのに存在感を放つ琥珀が重い。
動作は緩慢だった。


……借りたタオルは、他の洗濯物と一緒に洗ってもいいよね。
ジャージはどうしよう。
洗って返そうにも、ユウくんは受け取らないかもしれないけど。


――ああ、返すところも尚吾くんに見られてはいけないのか。
でも見られないように返すには、ユウくんと2人にならないといけない。
2人にはならないと決めた以上、もう返せないってことだ。


借り物のタオルをそのまま使わずに家にずっと置いておいたら、その内お母さんが雑巾にしちゃうかもしれない……別にいいか。
使い古してペラペラになってるようなタオルだ。
きっとユウくんもそのつもりでこれを持ってきたんだ。


バスケのチームジャージはでも、私の手で捨てたくはないんだよな。
返せないなら、ずっと持ってるしかないじゃない。
ユウくんの馬鹿、どうせ『処分しろ』なんて言って貸すならもっとどうでも良さそうな服選んできてくれればいいのに。


「は……なんなの」


何故こそこそしなければならないのだろう。
別に悪いことをしたわけじゃないのに。


尚吾くんとまだ付き合っているわけじゃない。
ユウくんと何かあったわけじゃない。
それでも隠れなきゃいけないのは何でなの?


……これじゃまるで、浮気でもしてるみたいじゃない。


バッグのポケットの、琥珀が入っている辺りから何か聞こえてきそうだった。
着替えを持って部屋を出る前に、バッグの向きを裏返した。
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