琥珀の記憶 雨の痛み
職場結婚、だったらしい。
上司を立会人にして。
母は寿退社ではなく、子どもが――私が出来たことが分かってから退職したそうだ。


その頃がどんな生活だったのか、私は知らない。
思い出話としてこっちから聞こうなどとは思えない、重たい扉に閉ざされている過去。

母も自分から私に話そうとしたことはなかった。
私に聞かせたくないと思っているからなのか、思い出したくもないと思っているからなのかは分からない。


だから私が知っているのは、中学校に上がる直前の春休みに訪ねた祖父母宅で、伯母から聞かされた話だけだった。

母にとって義理の姉あたるその人は、その時には私はまだ気付いていなかったけれど、どうやら母との折り合いがあまり良くないらしい。
だからあの時わざわざ私に、気持ちの良くない話をしてきたのかも知れない。


『莉緒ちゃんはお父さんと会ったりしてるの?』

ぽかんとしたまま、答えもせずにそれを聞いていた。
禁句というほどのものでもないけれど、事情をある程度知っている人は大抵避けるワードだったから。


伯母さんはあの時、なんて言ってたっけ。
言葉は思い出せない。
ただ、知らなかった事実をその時に教えられた。
ううん、それが本当に事実だったのかどうかだって、私は知らない。


父の不倫相手は職場の女で、母の元同僚で。
――元々父と母がそういう仲になる前の、父の元恋人で。

先に他人のモノに手を出したのは、母の方だったと。
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