琥珀の記憶 雨の痛み
「噂通り、そりゃあ軽かったわよあの男は。ちょっと綺麗な女の子を見たらすぐに声かけて……お母さんだって、その内の1人に過ぎなかったのよ」


自嘲のこもった告白の後、母はふと気付いたように「その頃はお母さんもそこそこ綺麗だったの」と得意げな顔で笑って付け足した。

どうやら冗談を言う余裕はあるらしい。
けど、普段ほとんど聞かない母のジョークは、逆に無理してるんじゃないかと私を不安にさせた。


聞いて良いんだろうか。
でも母は、こうなってみると、本当はずっと話したかったのかもしれない。
今なら母も話しやすいのなら、聞いてみたい。


「じゃあ、どうして結婚……?」


初めからそういう人だと、自分1人が特別なわけではないと、知っていたのに。
なんで一緒になることが出来たのか――、なろうと思ったのか。

恐る恐る発した質問にも、母はもう何も包み隠さなかった。


「たまたまよ、本当にたまたま。お父さんが特別お母さんのこと気に入ってくれたわけでも、お母さんの方から猛烈に言い寄ったわけでもないけど……運が、良かったのよ」


運が良い、と表現したことに驚いた。
うっかり漏らしたことにも気付いてないのか、母はそのまま話し続ける。
お父さんとの結婚は、『幸運だった』――それが、母の本音なのだ。


「お父さんの直属上司が、その頃お母さんのこと気に入って可愛がってくれててね。たまたま会社の近くで2人で食事をしているところを見られてから、付き合ってるのかって聞かれて……曖昧に答えたら、その人がやけに張り切っちゃって。『なんだ、向こうの腰が重いのか。俺がたき付けてやる』とか言い出して」
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