琥珀の記憶 雨の痛み
「だから莉緒には知られたくなかったのよお。お母さんだって、若かったのよあの頃は……馬鹿だったなって、自分でも思ってるわよ」


……どんなに疲れていても常に毅然としていた母の姿ではなかった。
絞り出したような情けない声が、ひどく人間的に感じた。


ああ。
お母さんはお父さんのことが、凄く好きだったんだ……。
その頃からお父さんは、軽薄な人だったのかもしれないけど。
それでも良いって思えるくらいに、お父さんのことが本当に好きだったんだ。

初めてそれを、リアルに感じた。
見たこともない叱られた子どもみたいな顔をした母は、自分の過去を恥じるように言ってるけれど。

だからこそ、痛いほどよく分かった。


じゃあ、今は――?
それくらい好きだった人のことを、時が経てば、忘れられるものだろうか。


父に子どもが出来たと言った日も、久しぶりに電話がかかってきたという今日も、普段の母らしくない顔を見せるのは。

あの琥珀を――父からもらったというあれを捨てられずに、ずっと大事にしていたのは。
あれを手離せず私に託した母は、一体どういう気持ちで――……?


「お父さんね、まだお母さんと同じ会社で働いてた頃、凄くモテてたの。仕事は出来るし背は高くて格好良いし、スポーツマンで――会社にテニス部があってね、まあ同好会みたいなものだけど、お父さん、テニスも凄く上手くて。それで女の子には甘い顔して優しいことばかり言うから、アイドルみたいなものよ。お母さんが入社した時には既に手が早いって噂があったのに、それでも本気になる子は多かったのよ」


完全に白旗を上げた気になったのか、母はいきなり饒舌になった。
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