黒太子エドワード~一途な想い

変わり果てたエドワード3世

「あれが、あの父上……?」
 王宮の端の温室。
 いつも暖かで、色とりどりの花が咲く中、すっかり白髪頭になったエドワード3世は、自分の娘より若い20歳前の美少女と戯れていた。少し呆けた表情で。
「ほらほら陛下、又、よだれが垂れておりますよ」
 そう言われながら口の端を拭いてもらい、すっかり老人と化した男は、嬉しそうに笑った。
「母上が亡くなられてからというもの、ずっとああなのです。何故か、あのアリス・ペラーズという少女だけはお気に召して、傍におっても文句を言われないのだが、あれでは名ばかりの愛人で、介護をしているというのが「本当のところなのですよ」
 そんな二人の様子を温室の出入り口で黒太子達と見ながら、ジョンはそう言った。
「まさか、本当にこのようなことになっておろうとは……」
 目を丸くした後、顔をしかめて黒太子がそう言うと、ジョンも顔をしかめた。
「エドマンドの奴など、ショック過ぎたのか、ここに近付こうともしませんよ」
「スコットランドでもフランスでも、勝ち続きでおられた陛下をご存知でしたら、当然のことですわ」
 そう言ったのは、黒太子の妻、ジョアンだった。
「まぁ、一番有名なクレシーの時は、まだ私もエドモンドも10歳に満たない子供でしたが、ポワティエの時は15歳位にはなっていましたからね。絵や話等で聴いて育っただけに、ジュリアス・シーザーや伝説のアーサー王の様なイメージを持っていたこともありますし………。特にエドモンドにとっては、そのイメージが強かったのでしょう」
「それで、これからどうするのだ?」
「どうするも何も、あれでは表に出せんだろう?」
「分かって頂けましたか!」
 ランカスター公ジョンがホッとした表情でそう言うと、黒太子は頷いた。厳しい表情で。
「ああ。父上のことは、よく分かった。だが、問題はイングランド国王の地位だ」
「それは、兄上がお継ぎになられればよろしいのでは?」
 ジョンは微笑みながらそう言ったが、その下には冷たい感情が潜んでいた。
「良いのか、本当に?」
 それに対し、そう尋ねる黒太子の瞳にも、以前ほど力は無いものの、鋭いものがあった。
 二人で、互いの腹の中を探りあっていたのである。
「よいに決まっておるではないですか! 私は先ほども申し上げました通り、兄上がお戻りになられるまでの繋ぎでしかなかったのですし、兄上がお戻りになられるというのであれば、フランスへは私が参りましょう」
「そなたがフランスに?」
 その言葉に、黒太子の頬がピクリと動いた。
「そなたが自ら戦うと申すか?」
「ええ」
 そう頷くジョンの顔は、誇らしげだった。
「ですから、兄上は療養をなさりながら、内政に専念なさって下さい」
 ───なるほど。それが本音か。
 黒太子は心の中でそう思ったが、口に出さないでいた。
 彼は、弟が一度も戦場に出たことが無いことを知っていた。
 フン! 出来るものなら、やってみるがよい! 私でさえ失った領地を素人同然のお前が、そんな簡単に取り戻せるものか!
 黒太子は心の中でそう言うと、頷いた。
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