黒太子エドワード~一途な想い

ランカスター公の芝居

「まぁ、戻ってきおってもよいわ! どうせまだ病気なのであろう?」
 兄である黒太子とよく似た黒い巻き毛に青いつぶらな瞳。
 外見だけはよく似ている男は鼻で笑いながらそう言うと、薄い顎鬚を撫でた。
 もう40の大台に乗った黒太子エドワードとは違い、彼はまだ30歳になったばかり。若さと元気に溢れていた。だからこそ、威厳を出す為に顎鬚を伸ばしていたのかもしれない。
「はい。そのように聞いております。かなりお痩せになられたとも………。ですが、リモージュ包囲戦では、ちゃんと指揮をとられ、勝利したそうにございます。どうか、ご油断なさいませぬよう………」
 ランカスター公ジョンの足元に跪いた男が低い声でそう言うと、彼は笑った。
「はは! そう心配するな! 油断は、むこうにさせてやるさ!」
 彼がそう言った数日後であった。その黒太子エドワードが海を越えて戻って来たのは。

「兄上! お元気でお戻りになられたようで、何よりでございます!」
 港まで馬車等で出迎えた後、王宮で盛大に歓迎の宴を催したのは、他ならぬランカスター公ジョンであった。
「フン、私のおらぬ間、随分好き勝手にしてくれたようだな?」
 まだ若かったクレシーやポワティエの時のように筋骨隆々という感じではなかったが、誰かにすがったりせず、自分の足でしっかり歩きながら黒太子はそう言って弟を睨みつけた。
 ジョンはそんな兄の姿を見て、チッと舌打ちをし、顔をしかめたが、すぐに笑顔になった。
「何をおっしゃいますやら。全て、兄上がお戻りになられるまでの繋ぎでございますよ」
「フン、父上がおられるだろうに、何を申しておる!」
 すると、今度はあからさまにジョンが顔をしかめた。
「どこかで私の良からぬ噂をお聞きになられたのでしょうが、それは父上の現状をご存知ないからですよ」
「そうか? お前が父上を表に出さないようにしていると聞いたぞ?」
「あれでは表に出せないので、奥の部屋にいて頂いているのですよ。若い愛人のアリスに世話をさせてね」
「若い愛人………?」
 幼い頃から仲の良かった両親の姿を見て育った黒太子には、弟のその言葉が信じられず、顔をしかめた。
「まぁ、私が色々説明するより、ご覧になられた方が早いでしょう」
 そう言うと、、ジョンは横にいた男に命令した。
「兄上をあの場所にお連れせよ!」
 その言葉に、黒太子はすぐ後ろに居た妻のジョアンと顔を見合わせた。
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