黒太子エドワード~一途な想い
「では、これから、その方々をどうなさるおつもりですの?」
 ユスターシュ達六人を少し離れた所から見ていたイングランド兵の中から、そう言いながらフィリッパが現れたのは。
「エドワードめ、チャンドスにお前を呼びに行かせたか! 余計なことを……!」
 エドワード三世が苦笑しながらそう言うと、フィリッパはその彼の目の前に立ち、こう言った。
「まぁ、そんな言い方はないでしょう、あなた! 大体、あなただって、本当は、この人達を助ける口実が欲しいと思ってらっしゃるはずでしょう?」
 その言葉に、エドワード三世は露骨に顔をしかめた。
「戦のことに、女が口を挟むな!」
「まぁ! では、自らを犠牲にしてでも、他の市民を救おうとしている、騎士道の鑑(かがみ)のような方々を見捨てろとおっしゃるの?」
「騎士道の鑑……」
 そうフィリッパの言葉を呟いたのは、エドワード三世ではなく、傍に居た兵士の一人だった。
「ええ、そう。騎士道の鑑、よ。そうは思わなくて?」
 フィリッパは、その兵士の呟きに、近くに居た兵士達に両手を広げて、そう尋ねた。
 下士官のほとんどは、「騎士」に叙任されず、農民出の者が多かったが、だからこそ、主が時折口にする「騎士道」という言葉に憧れる者も多かった。
「確かに……」
 だからだろうか。フィリッパの言葉を聞いて、他の誰かがそう呟くと、他の者も頷いて、呼応した。
「ふふ。やっぱり、あなた達もそう思うのね? よかったわ!」
 それを見て、フィリッパは満足げに頷くと、夫を見た。
「分かった、分かった! もうお前の好きなようにするがよい!」
 エドワード三世はそう言うと、軽く両手を挙げた。どうやら、「降参だ」という意味のようであった。
 そして、何か文句を小声で言いながら、そこを後にしたのだった。
「ふふ、本当に素直じゃないんだから! まぁ、いいわ。今は、この人達の格好を何とかしなきゃね! まずは、その首のロープをとりましょうか。誤って、首が締まってしまったら、大変ですもの!」
 フィリッパのその言葉に、近くに居た兵士達が次々カレー市民に近寄り、その首に巻かれたロープを取り外した。
「次は、靴かしら。ここまで歩いて来て、泥だらけね! まぁ、泥だから、怪我はしていないと思うけれど……」
 そう言うと、これまた彼らの傍に居た者が、自分の靴を脱いで、カレー市民の前に置いた。
 カレー市民達は、汚れた足を軽く手で払うと、遠慮がちに靴を履いた。
「ふふ、素晴らしいわ! 流石は、我がイングランドの兵士ね! 心配しないで。靴を差し出してくれた人には、後でもっといいものを届けさせるから」
 フィリッパはそう言うと、横を向いた。
「リリー、この靴の持ち主がどこの部隊の誰なのか、ちゃんと聞いて、記録しておいてちょうだい。それから、私のテントに至急、料理を用意してちょうだい。この人達をおもてなししないといけないから。ああ! あんまり重たいものはダメよ! リゾットやスープのようなものがいいわね」
 その言葉に、リリーは小さく頷くと、その場を後にしたのだった。
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