黒太子エドワード~一途な想い
「イングランド王、我らは、あなたの要求通りの格好で、鍵も持参して参りましたぞ」
 カレーの城壁が見えるイングランド軍の広場で、ユスターシュ・サンピエールは他の五人の仲間と共に、無帽、裸足、首にロープをかけた姿でそう言った。鍵を高々と掲げて。
「どか、他の市民達を解放して頂きたい」
 大きな声でそう言うユスターシュに、イングランド兵達は自然と道を開けた。
「ふ……。そのように大声をあげずとも、約束通り、他の市民は解放してやるわ!」
 その時、そう言う声がしたかと思うと、一応鎧は身に着けているものの、威厳にあふれた男が、黒髪に黒い鎧の少年を従えて現れたのだった。
「イングランド王……」
 そのエドワード三世の姿を見て、ユスターシュが思わずそう呟くと、そのすぐ近くに居た青年が呟いた。
「あれが、イングランド王……」
「ああ……」
 息子、アンリの言葉にそう答えたユスターシュの顔は、険しくなっていた。
「本当に、解放して下さるのですね?」
「ああ、そうしよう。こちらとしても、余計な者には、出て行って欲しいしな」
「余計な者……」
 その言葉に、ユスターシュの顔が、ぴくりと動いた。
「我らは、慈善事業をやっているのではなく、戦をやっておるのだ。フランスとな。従って、我らと取引をしない商人や職人を置いておく余裕など無いのだ。それ位は、カレーの町の有力者ならば、分かるであろう?」
「それはそうですが……いきなり追い出されては、他の者達も食べていけません。何とか出来ないものでしょうか?」
「少しの食糧ならやってもいいが、いつまでも頼られては困る。自分で稼ぎ口くらい、見つけてもらわねばな!」
「まぁ、そうですが……」
 困った表情でそう言うユスターシュに、エドワード三世は首を横に振った。
「とにかく、カレーの街には、もう既に使者を遣わした。そちらのことは、もうよいであろう」
 有無を言わさぬその言い方に、ユスターシュが顔をしかめた時だった。
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