黒太子エドワード~一途な想い

フランス騎兵の突撃

 1356年9月、黒太子エドワードはクレシーと同じような作戦を立案した。
 クレシーと異なっていたのは、小高い丘の上に本陣を置かず、自然の障害に囲まれた平野に陣取った点であった。
 具体的には、左側面が川、背後が深い森、右がポワティエからボルドーへ続くローマ時代からの古道で、そこに騎行戦術で得た物を載せた荷車を並べて、バリケードにしたのだった。
 つまり、一番攻撃しやすい道も、一筋縄ではいかないようにしたのである。
 それに加え、騎兵も馬を降り、歩兵として2部隊に分け、両翼にV字型にロングボウ部隊を配置したのだった。
 このうちの左翼が後退するように見せかけると、好機とばかりにフランス騎兵が突撃し、戦闘が始まったと言われている。
 その部隊にむかって、ロングボウ部隊が矢の雨を降らしたが、最初はその防具に跳ね返されたので、馬の側面を狙うようにしたところ、落馬が相次ぎ、混乱をきたして、あっという間に壊滅状態になったという。
 その騎兵部隊は、ジャン・ド・クレルモン元帥率いる300人のエリート騎士隊で、中には槍を持ったドイツ傭兵部隊もいたという。
 それが壊滅状態になってしまい、次に待機していた王太子シャルル率いる約4000人の歩兵部隊も攻撃に動いたが、先の騎兵部隊の混乱がおさまりきらなかったのか、すぐに撤退している。
 次に、フランス国王ジャン2世の弟、オルレアン公フィリップが3000人を率いて出ようとしたが、先の2部隊の敗走を見た兵士達が恐慌状態に陥り、戦う前に散り散りになってしまったのだった。

「何たることだ! 戦いにすら、ならんとは……」
 自軍の敗走に次ぐ敗走に、ジャン2世はそう言ってため息をついた。
「仕方ない。このように混乱しておっては、我が軍とて、進軍出来ぬ。撤退するぞ!」
 1350年に王位を継承したばかりのジャン2世がそう叫んで退却を開始した時であった。横から矢が飛んできたのは。
「な、何だ?」
 驚くジャン2世の前に、馬上の男が横の森から姿を現し、叫んだ。
「かかれ!」
 それこそがmブーシュ小伯、ジャン・ド・グライーであった。
 彼こそが黒太子の隠し玉であり、このポワティエの戦いの勝利をイングランドにもたらした、立役者であった。
 後世、この時のことをフランス人は
「ポワティエでは、イングランド人に負けたのではなく、南部の同朋に負けたのだ」
と言っている。
 いずれにしても、そのグライー率いる騎兵隊の突撃で、唯一残っていたジャン2世の部隊約6000人も総崩れとなったのだった。
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