黒太子エドワード~一途な想い

平民の反乱

「『大勅令』以外の名をつけろ、だと?」
 流石にマルセル達の所にピエール自ら出向くことはなく、修道士見習いに行かせたのだが、彼らの怒りは爆発寸前だった。
 その様子を見ると、修道士見習い達は顔を見合わせた。
「諸君、聞いたか? 王侯貴族の奴らは、何度もイングランドに敗れ、我々が大変な目に遭っているというのに、反省の色も無い! それどころか、相変わらず偉そうに命令するのみだ! これでよいのか? このまま、搾取されるだけの生活を続けていくだけでよいのか!」
 エティエンヌ・マルセルのその叫びに、その場にいた男達は次々に声を上げた。
「冗談じゃない! もう沢山だ!」
「奴らに思い知らせてやれ!」
「そうだ、そうだ! 思い知らせてやれ!」
 その声を聞いて、部屋の隅で顔を見合わせた見習い修道士達は、黙ってその場を後にした。
 前回の三部会の時は、王太子シャルルはそれで助かったのだが、今回はそうはいかなかった。
「そういえば、先程この手紙を持ってきた修道士達はどうした? もう帰ったのか?」
 自分より貧しい、本物の庶民達が不満の声を上げるのを満足げに頷きながら聞いていたエティエンヌ・マルセルが中央でそういうと、それまで共に騒いでいた者達も周囲を見回した。
「本当だ。どこにもいねぇぞ!」
「くそっ! 逃げやがったか!」
「見つけて、連れ戻せ! 聖職者といえど、構うもんか!」
「そうだ! やっちまえ!」
 流石にその最後の乱暴な叫びには、マルセルも顔をしかめた。
 平民とはいえ、育ちの良い彼は、一応聖職者を立てるよう、言われてきたので。
「待て待て! 落ち着け! 彼らは、あれでも聖職者だ。彼らに暴力をふるうのは、良くない。皆、天国に行きたいだろう?」
 そのマルセルの言葉に、平民達は顔を見合わせた。
「けどよ、それじゃ、俺達の気持ちがおさまらねぇ!」
「そうだ、そうだ! 俺らの気持ちはどこに持って行けばいいんだよ!」
「どこに、か……」
 そう繰り返すマルセルの瞳が、きらりと光った。
「それなら、うってつけの場所があるぞ。王宮はどうだ?」
「王宮……」
 彼のその言葉に、口々に不平を言っていた者達も、その言葉を聞くと、流石にごくりと唾を飲み込んだ。
 当時、宝石商等、一部の者を覗いては、ほとんどのパリ市民が王族と接点等無かった。それだけに、不満は募っていても、場所さえよく知らない所に行くというのは、勇気が必要であった。
「我らが作った文書の名を偉そうに変えろ等と命令してきたのは、あの若造のシャルルだという、父親が捕虜になっていて何も出来ないどころか、この間の三部会では、いつの間にか逃げ出していた、あの若造が、だぞ。少しは、身の程というものを教えてやろうと思わないか?」
「それは……」
「思ってはいるが……」
 マルセルの近くに居た男達が、先程とはうって変わって弱気な態度でそう言うと、何故かマルセルはニヤリとした。
「なら、やってやろうじゃないか!」
 そう言って彼がこぶしを頭上に挙げると、それに後押しされたのか、他の者も叫びだした。
「そ、そうだ。やってやろう!」
「そうだ、そうだ! 搾取されるだけじゃねぇことを思い知らせてやろう!」
 マルセルの真似をして、こぶしを振り回しながらそう言うと、男達は集会所にしていた彼の店の倉庫から出て行った。
 が、出たはいいものの、誰も道を知らないので、道路に出た所で止まってしまった。
「大丈夫だ。私が道を知っている! 私についてこい!」
 そう叫ぶと、マルセルは意気揚々と集団の先頭に立ち、歩き始めた。
 この頃の彼は、自分が最も権力を持つようになると思っていたに違いない。新たな「後ろ盾」として、幽閉されていた「ナバラの悪王」こと、シャルル・デブルー(ナバラ王カルロス2世、フランスではエヴルー伯シャルル)を解放したこともあって。
 そのナバラ王は、その当時、ノルマンディーで勢力拡大──つまり、暴れまわっていて、彼の傍にはいなかったが。
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