黒太子エドワード~一途な想い

ティファーヌ・ラグネル

「失礼します……」
 オリヴィエが周囲を気にしながらそう言って中に入ると、ティファーヌは急に困った表情になった。
「ああ、そうだわ! お招きしておいて何だけど、大したものはお出し出来ませんの。住み込みのメイドは一人だけいるけど、もうこの時間だと、休んでしまっているから……」
「それは構いませんが、女性二人だけでは、危なくないですか? イングランドとの戦いで、荒くれ者も来るでしょうに……」
「そうね……。でも、昼間はいるのよ。庭仕事や力仕事をしてくれる男性がね。でも、この年まで独身でいると、もう楽な方に流れてしまうものなの。だから、益々結婚から遠ざかってしまうのかもしれないわね」
 自嘲じみた笑みを浮かべてそう言うと、ティファーヌは羽織っていたショールを手で引き上げた。
 豪華な飾りはついていないものの、良い仕立てだと一目で分かるものであった。その下に着ている寝間着も。
「でしたら、兄のような男でも構いませんか? 乱暴なので、お嫌かもしれませんが……」
「いえ、好きよ」
 はっきりそう言うティファーヌに、オリヴィエは目を丸くした。
「ふふ、意外? そうね、私がまだ10歳位の時のことだから、あなたは確か、8歳か6歳位かしら。小さかったから、覚えてないでしょうね」
「その時、兄と何か約束されたのですか?」
「いえ、からかわれていたのを助けてもらっただけよ」
 そう言うティファーヌは、どこか遠くを見つめた。
「でも、私には、それで充分だったのよ」
 小さな声で呟くようにそう言う彼女を、オリヴィエは嬉しそうに見つめた。
「あら、折角中にお招きしておいて、こんな所で立ち話なんかしていてはダメよね! この先に食堂があるので、そちらで待ってらして。すぐに何か温かいものを持って行きますから!」
「ああ、いえ、お構いなく! 私は、兄の妻になってくれそうな聡明で優しい方を探しに来ただけですので……」
「あら! なら、一層、ここでお話する訳にはいきませんわ!」
 そう言って彼女がホールの奥を手で示すと、オリヴィエは頷いてそちらに歩いて行った。

 ──それからすぐ、ティファーヌとオリヴィエは、結婚式と新居の相談をし、それをまとまって、オリヴィエは急いでレンヌに戻った。
 すると、町の中心で、人だかりが出来ていた。
「まさか、兄さんが何かしたのか……?」
 そう呟きながら、その人だかりをかき分け、その中心に行こうとするオリヴィエの顔は、険しくなっていた。
「すみません! 通して下さい!」
 そう言いながら人だかりをかき分けて進むと、何かに当たった。
「す、すみません……」
 謝りながら上を向くと、そこには見慣れた四角い顔があった。身長差もあって、今は2重顎に見えているが。
「よぉ、オリヴィエ、ちょっとばかし姿が見えないと思ったら、こんな所にいやがったか! さては、嫁さんと子供の顔でも見に行ってたな?」
 ニヤニヤしながらそう言う兄、ベルトランにオリヴィエは首を何度も横に振って言った。
「違うよ、兄さん! 僕は、兄さんの縁談をまとめに行ってたんだって!」
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