飼い猫と、番犬。【完結】
鴨川沿いにある長屋の一角。
古く、日当たりも悪い部屋の少々苔むした戸を開けて中へと入る。
油皿に火を入れると物ばかりの雑多な室内が朧に浮かび上がった。
「……此処は?」
「仕事用に使とる部屋や。副長も場所は知らん。ほれ」
狭い土間に立ち、物珍しそうに部屋を見渡す沖田に行李から出した着替えを放れば、やっとその顔が此方を向く。
警戒心は見えるが、以前程ではない。
牙を剥く犬を手懐けていく確かな手応えを感じつつ、俺は側にある行李の蓋を叩いた。
「手拭いはこん中、好きに使たらええ。井戸はわかるな?俺は戻るさかいすまんがあとは自力で戻ってもらうで。まぁ軽い暑気当たりなんはあながち間違うてへんやろから、ちと休んでったらええわ。そこの瓶(カメ)ん中に今朝水屋から買うた水があるさかいあとで飲んどき、ええな?」
有無を言わさず一気に喋り終え、瞠目しつつもこくりと頷いた沖田に目を細めた。
「これで貸し一つやな、そーちゃん?」
意地悪く歯を見せる俺には流石にその眉間が寄ったけれど。
「……その、有り難う、ございます、すみません」
言い辛そうに目を泳がせ、もごもごと頼りない言葉を寄越したそいつに小さく笑みが零れた。
媚びるとも開き直るとも違うその反応は、最近触れ合う女にはないもの。
それについ頬が緩んだ俺も、少しばかりほだされているのかもしれない。
「……何してもらおかなー」
「……は?」