薬指の秘密はふたりきりで

A社は、10階ほどあるビルの中で、3階のワンフロアだけを使っていた。

あとの階はそれぞれ別の会社が入っている。

受付がなくてどうしようか迷ったけれど、ダイレクトに3階を訪ねることにした。


『サンカイデス』


機械的なアナウンスのあと開いた扉の向こうは、廊下がなかった。

エレベーター前にあるのは、天井まであるすりガラスの仕切りで造られた三畳ほどの空間しかない。

どうやら、ついたて一枚隔てた向こう側全部が、事務所になっているよう。

電話が鳴る音と対応する声がキリなく聞こえてきて、小さいけれど活気がある会社だと思える。

チャイムのようなものもなくて、戸惑いながらも入口近くにいた子に声をかけると、すんなり佐伯さんに会うことができた。


「佐伯さんにお渡しするよう言付かりました」

「はいご苦労様です。確かに受け取りました」

「では、失礼いたします」


丁寧にお辞儀すると、課長と同じくらいの年齢の佐伯さんは、にこやかに笑って白髪の目立ち始めた頭を下げた。


ビルから出て、改めて駅前の様子を見る。


亮介、ここによく来るって言ってたけど――――


雑居ビルが多く建ち並ぶ駅前は、洋品や宝石や印鑑なんかの店もたくさんあるごく普通の街だ。


亮介はここに来て何をしてるのかな。

お気に入りの店があるのかな。

それって、どんなお店なんだろう。

考えてみれば、5年も付き合ってるのに、亮介のプライベートなんてほとんど知らない。

あまりにも無口で、自分のことを何も話してくれないんだもの、仕方ないといえばそうだけど。

亮介のこと、もっともっと知りたい――――

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