薬指の秘密はふたりきりで

訊ねるのと同時にエレベーターが止まって、扉が開いた。

もしも外に出るなら、もう少しだけ一緒にいられる。


「俺は、神田さんに呼ばれて受付」


私の方を見ずに早口で答えて、さっさと歩いて行ってしまう。

私の期待は泡と消えてがっかりしてると、亮介の落ち着いた声がした。


「神田さん、遅くなりました」


そういえば・・・神田さん、何の用事なんだろう。


「あ、長谷川さぁん!お待ちしてたんですぅ。お忙しいのに、すみません~」


ロビーに、神田さんの甘えた声が響く。

すみませんと言いながらも、ぜんぜん悪びれていない感じだ。

それに、この間社員食堂で聞かせてくれた声と、全然違う。


「相手によって、態度が違うのね・・・」


気になってしょうがなくて、亀のようにゆっくりと歩きながら様子を見てると、どうやらパソコントラブルらしかった。


「どれですか」

「これなんですぅ。実は昨日からずっと調子が悪くてぇ。長谷川さんなら直せるかなぁって、思ってぇ。どうですかぁ?」

「ちょっと見てみます」


受付のカウンターの中に入った亮介は、屈みこんでどこかを弄ってる。

神田さんは、ぴたーっと、くっつくようにして一緒に覗き込んでる。


しかも。近い、近い、近い。近すぎるっ。


顔を寄せるようにされて、亮介も作業がやりにくそうで、眉を顰めてる。


エレベーターから玄関までの短い距離、残念ながら亀さん歩きにも限界があって、ここまでしか見ることができない。

思いっきり後ろ髪を引かれながら会社を出て、A社に向かった。

神田さん、亮介を誘うんだろうな・・・。


S駅に着いて南口から出ると、亮介の言った通り、正面にA社の看板が見える。
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